【狭山事件公判調書第二審4357丁〜】
第七十五回公判調書(供述)
被告人=石川一雄
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青木弁護人=「ランドセルを貰ったことがあるというね」
被告人=「ええ、貰いました。石田なんとかという家から貰ったです。名前ちょっと判らないです」
青木弁護人=「仕事のない時に学校へ行くと。仕事があれば学校は休むということで、学校へ行って授業がわかったかね」
被告人=「いや、ほとんどわからなかったですね。とにかく食い物に追われていたからね、食い物のほうが・・・・・・」
青木弁護人=「すると、学校へ行っても勉強してるわけじゃないね。勉強をしに行くということなのかね、やっぱり」
被告人=「いや、休み時間に大勢で遊べるから、それが面白くて行ったものです、当時は」
青木弁護人=「勉強は全然してなかった」
被告人=「ほとんどしてなかったですね」
青木弁護人=「そんなような勉強の仕方でも、先生は何も文句を言わなかったですか」
被告人=「ええ、勿論、何とも言わなかったです」
青木弁護人=「先生は、君なんかを放ったらかしにしておったというわけ、そうすると」
被告人=「今考えてみると、そうですね」
青木弁護人=「それから、学校へ行っても途中で帰ってしまうことがあったというね」
被告人=「ええ、何回も、それありました」
青木弁護人=「それはどういうわけ、面白くないから」
被告人=「まあ、そういうこともありますね」
青木弁護人=「仕事の都合で帰ることもあるの」
被告人=「うちを出る時、お袋か親父から、どっちかから、今日は何時から、こういう仕事があるから帰って来いと言われると、先生に言って、それで帰って来たです」
青木弁護人=「弁当は持って行ったかね」
被告人=「いや、弁当は先ほども言ったとおり、飯がないくらいだから、持って行かなかったです」
青木弁護人=「すると、昼の時間になったら家へ帰って、食事をして、また行くの」
被告人=「そうです」
青木弁護人=「学校からうちまで、どのくらいあったの」
被告人=「うちまでは一キロくらいじゃないですか。一キロちょっとですかね」
青木弁護人=「前っ原のほかの子供たちもみんな同じようだったというが、そうかね」
被告人=「ほとんどそうですね、前っ原の人は」
青木弁護人=「みんなうちへ飯を食いに行く」
被告人=「ほとんどそうです」
青木弁護人=「そんなような学校の行き方で、学課に何か興味を持ったことはあるかね」
被告人=「いや、ないですね」
青木弁護人=「一つもない」
被告人=「ええ、一つもないですね。とにかく学校へ行って面白かったのは、休み時間に大勢で遊べるということですね。それ以外になかったです」
青木弁護人=「仲間と遊ぶということだけだった」
被告人=「ええ、そうです」
青木弁護人=「学校へ行ってる間に、本を読んだことがあったかね」
被告人=「いや、記憶ないですね」
青木弁護人=「教科書も読めない」
被告人=「ほとんど読んでなかったですね。自分は一番前にいたからよく分かるけれども、そういうことなかったですね。ほとんど先生もそういうことをさせなかったから」
青木弁護人=「うちへ帰って教科書を見ることはなかった」
被告人=「そんなことは全然なかったです」
青木弁護人=「そんなことは、勿論なかった」
被告人=「ええ」
青木弁護人=「すると、字は全然分からなかったのかね、小学校の時は」
被告人=「ええ、そうですね」
青木弁護人=「分からんでも、先生は別に文句を言わなかったんだね」
被告人=「ええ、言わなかったです」
青木弁護人=「勉強しなさいと」
被告人=「ええ。だけど今考えてみると、不思議なのは、明日は社会科だとか何かと、そういうことから、わら半紙買って来なさいと、そういうこと自体がちょっとおかしいじゃないかなと、自分の経験じゃ、考えてみてそういうことです」
青木弁護人=「学校を何日も休むね。上級生になると半分休んだり、六年生は三分の二以上休んでる。出席した日よりずっと多いが、そういう状態で学校の先生が君の家へ家庭訪問に来たことがあるの」
被告人=「いや、記憶ないです。あるかも知れないけれど・・・・・・。自分としては記憶ないです」
青木弁護人=「お母さんからも聞いたことない」
被告人=「ええ、聞いたことないです」
青木弁護人=「一度も聞いたことないんだね」
被告人=「ええ、そうです」
青木弁護人=「そういうことで先生から何か言われたこともない」
被告人=「勿論ないです」
青木弁護人=「学校へ行く時には、どういうような服装をして行ったの」
被告人=「着物を着て行ったことがありますね、何か」
青木弁護人=「何年くらいまで」
被告人=「何年くらいまでかな・・・三年・・・三年生ぐらいまでですね」
青木弁護人=「それは服が買えなかったからということだね」
被告人=「まあ、そうですね」
青木弁護人=「ほかの人はどうだったの」
被告人=「ほかの人も、前っ原の人はそういう服装だったですね」
青木弁護人=「前っ原の人は着物を着て行ったと」
被告人=「新宅のほうの人は学生服とか、そういうあれです」
青木弁護人=「新宅のほうが少し良かったんだね、経済的には」
被告人=「ええ、そうです」
青木弁護人=「勿論、ほかの地域の子供は学生服を着てたんだね」
被告人=「学生服を着てました」
青木弁護人=「石川くんは、三年くらいまでずっと着物を着て行ったの」
被告人=「はい、そうです」
青木弁護人=「ちゃんちゃんこを着て行ったこともあると言ったね」
被告人=「ええ、そうです。あります」
青木弁護人=「それから、貰った着物を着て行ったこともあると言ったね」
被告人=「ええ、あります」
青木弁護人=「それはどういうことなの」
被告人=「着るもんがなくて、貰った着物を着て、それでその着物がまた破けてて、継ぎがあたってて、それでいじめられたことが、ずい分あったですね」
青木弁護人=「そのくれた人というのは、前っ原の人」
被告人=「いや、新宅のほうの人です」
青木弁護人=「その、継ぎのあたった着物を着て、学校へ行っていじめられたことがあるの」
被告人=「ええ。これは何回もあります」
青木弁護人=「誰にいじめられるの」
被告人=「上級生とか同級生とか、そういった人に」
青木弁護人=「同じクラスの子供にもいじめられるの」
被告人=「そうです」
青木弁護人=「どういっていじめられるの」
被告人=「だから、汚ないとか、継ぎがあたったあれ着てるからね」
青木弁護人=「汚ないということで」
被告人=「ええ」
(続く)
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◯写真は昭和三十年代の子供。

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◯岩手県で生まれ育った老生は正直、差別問題という事柄は初耳であった。あれは二十代後半の頃か、日課であった古本屋巡りの際、「被差別部落」だったか「差別裁判」、いや、もしかするとグリコ・森永事件における被差別部落に対する集中捜査の記事を目にしたか、記憶が曖昧であるが、この部落差別という事実を知った時は激しく驚いた。互いに同じ人間同士が差別し合うという、全く意味がない行為を真剣に行なっている人々が存在することは、老生の理解の範囲を超えていたのである。まぁ、この件はいずれゆっくり語ろう。