アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1274

   昭和四十九年、東京高裁では狭山事件裁判が第七十五回公判終盤に差しかかっていたわけだが、同じ時期の狭山市の様子を見てみよう。

   ◯建設中の狭山台団地。公団賃貸・分譲併存、賃貸住宅一八四三戸、分譲住宅一二七〇戸を擁する大規模団地であり昭和五十年三月に入居開始。この辺りの開発には西武鉄道が深く関与している。

   ◯コーセー前の第一タクシーの横の道を旧ダイエー方向へ。(画像は狭山市ホームページより)

   事件が発生した昭和三十八年から十一年が経ち、やはり町の様相は加速的に変化を遂げつつあったようだ。

   では、町の中心部から離れた農村部の様子はどうであろうか。事件当時と現在の景色を見比べてみよう。

   上は狭山事件公判資料として記録されている当時の航空写真である。写真上部を注視すると、左より「被害者方位置」「豚や(屋)、石田一義方」「石田一義方豚小屋」との説明書きが確認出来る。

   身代金の受渡し現場となった佐野屋や、被害者宅を含めた堀兼・上赤坂地区の様子は、現在はこのような景色となっている。しかしGoogle earthの画像ごときで老生は満足出来ず、自転車を漕ぎ現地へと向かう。

   見渡す限り、まことに体によさそうな作物が育てられているこの光景こそが、今の堀兼・上赤坂地区であり、この周辺の景観は事件当時と何ら変化はないと思える。

                                            *

狭山事件公判調書第二審4344丁〜】 

                        第七十五回公判調書(供述)

                                                                被告人=石川一雄

                                            *

裁判長=「ちょっと、質問のところで、はっきりしないところが途中であるんですが、結局、お父さんはさくぞうという人に使われて・・・・・・」

被告人=「さくぞうというのは、東京から焼け出されてきたんです」

青木弁護人=「さくぞうは伯父さんです」

裁判長=「お父さんは、何と言ったかな。大谷氏に使われて、お茶の葉っぱをお茶にする仕事に携わっておったと」

青木弁護人=「ええ、仕事のない時は、雇われて百姓仕事をしておったということです。で、あんたは、子供の時によく叱られたということだね」

被告人=「はい」

                                            *

井口裁判官=「ちょっと、あとあと少しずつ、ぼけた部分が溜まると、判らなくなりますから、はっきりしておいた方がいいと思う。それは例えば、大谷さんの所でお父さんが仕事をしておったのは、自分でお茶工場を経営しておったというんじゃないですね」

被告人=「そうじゃないです。雇われです」

井口裁判官=「それから、あなたのお母さんの出身は、宮崎玉之助の所だと言われるのが、宮崎玉之助というのはお母さんのお父さんですか」

被告人=「弟です。玉之助というのは」

井口裁判官=「玉之助は、お母さんの実弟ですか」

被告人=「はい、そうです」

井口裁判官=「宮崎家の出身なんですね、お母さんは」

被告人=「ええ、そうです」

                                            *

青木弁護人=「現在ある家は、いつ頃できたものですか」

被告人=「昭和三十三年十一月頃と記憶しています」

青木弁護人=「あなたの家の畑を売ってこしらえたと」

被告人=「そうです」

青木弁護人=「そうですか」

被告人=「はい。確か四十五万と言ったと思ったです」

青木弁護人=「それ以前の家というのは、どういう家ですか」

被告人=「八畳一間だったです」

青木弁護人=「ずっとですか」

被告人=「そうです」

青木弁護人=「八畳一間であなたの家族七人おったと」

被告人=「はい、そうです」

青木弁護人=「それから、二十二年から二十三年には伯父さんのさくぞうさんがそこでずっと寝ておったと」

被告人=「そうです」

                                            *

裁判長=「二十一年から二十三年ですね」

被告人=「ええ、そうです」

青木弁護人=「八畳一間で、そこに家財道具なんかも置いてあったわけ」

被告人=「勿論です」

青木弁護人=「台所はありましたか」

被告人=「小さいのがありました。一畳くらいです」

青木弁護人=「一畳くらいの台所が別に付いていたの」

被告人=「別じゃなく、何というんですかね・・・」

青木弁護人=「八畳の部屋の中に一畳ぐらいな部分が台所だったと」

被告人=「そうです」

青木弁護人=「そういうことですか」

被告人=「はい」

青木弁護人=「それじゃ同じ部屋の中で炊事もしておったわけだね」

被告人=「勿論そうです」

青木弁護人=「畳は敷いてありましたか」

被告人=「薄べりです」

青木弁護人=「畳はなかった」

被告人=「ええ、全部薄べりです」

青木弁護人=「そのうち(家)の、新しい古いの程度はどの程度だったですか」

被告人=「程度といっても、まあバラックだしね。バラックもいろいろありますけれども、ちょっと、具体的には言えないけれども・・・・・・」

青木弁護人=「風が吹けば・・・」

被告人=「ええ、飛ぶようなですね」

青木弁護人=「それで材木でつっかい棒をしていたということだね」

被告人=「ええ、そうです。裏側と西側に山の木を切ってきて、それでつっかい棒をしていました。倒れないように」

青木弁護人=「便所はどこにありましたか」

被告人=「便所は外にありました。別に」

青木弁護人=「別にある」

被告人=「はい」

青木弁護人=「掘っ立て小屋の程度のもの」

被告人=「便所は比較的立派だったですね。自分の家に住んでいるより便所のほうが立派だったような気がします」

青木弁護人=「風呂は」

被告人=「風呂は、何年頃を基準にしているんですか」

青木弁護人=「初めの頃、あなたの記憶、すべて記憶してることで言って下さい」

被告人=「二十年頃から二十五年頃まで、風呂はなかったと思います」

青木弁護人=「そうすると風呂はどうしてたの、入る時は」

被告人=「現在石川仙吉という姉の家に風呂に行ったり、宮崎のお袋の実家のほうの風呂に行っていたのです」

青木弁護人=「貰い風呂に行っていたと」

被告人=「ええ、そうです」

青木弁護人=「週何回くらい」

被告人=「週何回って、週行かないこともありました」

青木弁護人=「風呂が出来たのは、いつ頃からですか」

被告人=「二十五年頃じゃなかったかと思います」

(続く)