アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1264

1987年(昭和62年)当時に撮影された石川被告の自宅鴨居の写真。この頃、現地調査に訪れた人の数は年間四千七百人に及んだ。

   被害者の所持品である万年筆が、石川被告宅の鴨居の上から発見されたとされているが、当時、家宅捜索に従事した警察官らは「鴨居」は捜索済みであった旨の証言をしている。しかもこの警察官らは五月二十三日、六月十八日と二回にわたる捜索に携わっていた。さらに驚くべきことに、家宅捜索の責任者である小島朝政警部は、万年筆が置かれていたとされる鴨居のすぐ右側にあった穴を、鼠よけに塞いでいたボロ布を引っ張り出して調べたと証言している。従って徹底した捜索がなされたことに老生は警察の捜査水準の高さを痛感するのであるけれども、では何故こののち唐突に万年筆が発見されてしまうのか、ここが問題なのである・・・。

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狭山事件公判調書第二審4308丁〜】

   別紙三、事実取調請求却下決定に対する弁護人の異議申立ておよびこれに対する決定。

二   異議申立ての理由

   1.本件各現場の検証の請求を却下する決定について

佐々木哲蔵弁護人=「私は特に検証のうち、被告人の自宅の点について申し上げたいと思います。被告人の自宅は前と同じような状況で現存しております。

   私は被告人の自宅へ行って鴨居を見まして、これはひどい、五月二十三日、六月十八日にあれだけの大がかりの家宅捜索をして、この鴨居のところの万年筆が見つからないということは非常に不自然である、警察官などの工作によるものとしか考えられない、と私なりに心証を持ちました。

   小島証人なり石川六造証人なりを立ち会わせて、その現場で鴨居の状況、万年筆発見の状況を直接にご覧になるということは非常に心証上、重大な影響を持つことになります。それが延(ひ)いては他の証拠物の発見過程について我々が投げている疑惑について裁判所の心証が非常に関連を持ってくる、事件全体についての裁判所のご心証が変わるのではないか、という風に思うわけです。

   松川事件最高裁から破棄差し戻されて、無罪になりましたが、あの事件について実は、明け方の四時頃、農夫三人が通った、それを見たという点、見なかったという点、それが一つの焦点となったのでありますが、その検証した結果、そのたった一つのご心証が基礎になりまして全体の心証に影響を及ぼしたと、それが延(ひ)いては松川事件を全面的に無罪にした一番のきっかけになったということを後日物語として聞いたことがあります。

   そういう意味から申しまして、直接のご心証をいただきたい、特に被告人の家、鴨居はそのまま現在も存しております。小島・石川両証人を立ち会わせての現場検証なり証人尋問などは、まだなされていないのです。何とぞ再度のご考案を賜(たま)わりまして、被告人の自宅についての検証をお願いするものです」

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城口弁護人=「本日提出された地下足袋について一点指摘します。

   従来、被告人宅から領置され、且(か)つこれが本件現場にあった足跡に相応する地下足袋であるとして、被告人と直接結びつき重要な決め手にされていた地下足袋と本日提出の地下足袋とは、同一会社の製品であり同一寸法であり、しかも本件現場足跡石膏というものと極めてその破損部分が類似しているという重要な問題が指摘されます。

   したがって今後の鑑定その他の証拠調べの中で、現場足跡石膏はまさに本日提出の地下足袋により型成されたものなのかという点が肯定されるようなことになるかも知れない。そのように重大な点が分かりましたので、その点を付加してこの異議申立ての理由を補足します。

   特に佐野屋周辺の経路の問題に対する疑い、それから今日提出の地下足袋が殺害現場に近いところから発見されているという点などから見れば、現場をもう一度見て頂くということは極めて重要な問題であると思います。今までの証拠調べの中から見ただけでは足りないということがここでも言えると思います」

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福地弁護人=「私は、本件各現場の検証について、裁判所の却下決定を踏まえた上で、現段階でどうしても見て欲しい場所を特定したいと思います。

   昭和四十九年二月二十一日付弁護人の事実取調請求書(補充書)の番号にしたがって申し上げますと、

1.被告人の自宅

3.検察官主張の出会い地点

4.横山ハル・横田権太郎の作業していた所およびダイハツ停車位置

5.検察官主張の殺害現場およびその付近

7.スコップ発見現場

15.佐野屋およびその周辺

16.検察官主張の五月二日夜逃亡の経路(同日の往路を含む)

   でありまして、地域的にいえば、

   ◯被告人の自宅

   ◯出会い地点

   ◯殺害現場

   これらはだいたい一箇所にまとまっております。

   佐野屋周辺の中には"16"の逃亡経路が含まれ、大きく分けるとだいたい三箇所であって、その三箇所については現在でも当時とそれ程変わっておりません。この三箇所について是非検証をお願いしたい。なお、計測その他順序だった手続きは現段階では不必要だと思います。写真の撮影等で賄えるのではないかと思いますが、その意味でも出来るだけこの三箇所の検証を決定して頂きたいと思います」

(続く)

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   弁護人らによる再三にわたる現場検証の要請を寺尾裁判長は拒んだ。これは実際にその現場を見てしまうと弁護側が言わんとする捜査当局側の作為がありありと判明してしまうため、現場の検証は行なわないという手段をとり、それはいずれ自身が下す『無期懲役』の判決が再審により覆された場合の逃げ口として設けた、いわば奸計が見え隠れする判断である。

   ここまで公判調書を読み進めてくると、検察も弁護側もそれぞれの主張を尽くしきっている以上は、残るのは裁判所の判断の正誤がどうか、という点に絞られてくる。この点はいずれ触れなければならないであろう。