アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1253

狭山事件公判調書第二審4254丁〜

                         第七十四回公判  (昭和四十九年五月九日)

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裁判長=「四、ついで、(二)の猟銃所持許可関係簿冊に長嶋少時という人が登録されていた、つまり長嶋少時なる人物が実在していたということは、これまでの取調べで明らかで、当事者間に争いのないことであると考えられますので、裁判所としては、もはや照会の必要はないということになりました。

   五、つぎに前同請求書中、一検証の(一)本件各現場の検証につきましては、弁護人の昭和四十九年二月二十一日付の補充書をも併せ考えますと要するに弁護人としては、裁判所の構成が代わったので直接現場を見るべきであるというご見解に立つと推察致しますが、すでに事件から十一年を経て急速な都市化が進み、当時と現在とでは現場が相当に変わっていることは、捜査段階の各実況見分調書・原審の検証調書・当審の数回に及ぶ検証調書の内容からしましても、その推移が明らかに看取されるのでありまして、裁判所の構成が代わったということから当然にどうしても現場を検証しなければならないとは考えられません。要するに記録によって判断ができるから検証の必要はないということに決定しました。

   六、つぎに(二)の荒縄の検証は、裁判所としてすでに適宜(てきぎ)検討済みで、また、必要があれば随時行なうことができます。弁護人におかれても必要があればご覧頂いて結構です。

   七、前同事実取調請求書中、鑑定の(一)ビニール風呂敷の鑑定ですが、これは七の(三)の気温・湿度に関する公務所照会とも関連致しますが、被告人には「一寸(ちょっと)引っ張ったら切れた」という供述がある一方、「強く引っ張った」という供述もあります。仮に前者であると致しましても、どのようにして一寸引っ張ったら切れたというのかはっきり致しません。このような不確実な前提に立って、主張されるような鑑定を致して見ましても、あまり意味がないと考えますので、鑑定と照会のいずれも採用しないことと致します。

   八、つぎは同じく二、鑑定の(二)の足跡ですが、これについてはすでに、昭和四十五年四月二十一日に同旨の請求があったのに対しまして、昭和四十七年八月七日に却下決定がされているわけですが、改めて慎重に合議致しました結果、やはり必要ないという結論に達しました。

   九、同じく二、鑑定の(三)の玉石ですが、この点につきましても、昭和四十七年二月十七日に請求があり、同年八月七日付で却下決定がなされています。玉石については、もともと被告人の供述には触れるところがありませんし、いろいろ考えてはみましたが、結局、必要がないということです。

   十、つぎは、二、鑑定の(四)の封筒についてでありますが、〈証明すべき事項〉として、「定量分析の結果によっては被告人の自白の信憑性は決定的に下落する」と言われますが、その趣旨が必ずしもはっきりしませんし、被告人がいつ、いかなる機会にどのような方法で封緘したかという点の供述が必ずしもはっきりしておりません。且つは(注:1)、製造元も判明しない封筒の糊づけの定量なるものがいくらの分量であるのか、糊づけの過程において、一枚一枚の量にどれだけの誤差が生ずるのかということも分かりかねます。その上、すでに本件の封筒は何回も鑑定に供されていて、検体自体が変形変質していることが考えられますので、あまりにも不確定要素が多過ぎると判断されます。したがってこれも採用しないことに致します。

   十一、つぎに前同事実取調請求書中、三の証人ですが、いずれも主尋問の予定時間の記載が全部欠落しているのはどうしたことでしょうか。今、追完して頂けますか」

副主任弁護人=「証人の主尋問の予定時間は、(一)ないし(四)の証人についてはそれぞれ一時間三十分。(十七)の石川金吾証人については四十分。その余の証人についてはそれぞれ三十分です」

(続く)

注:1「且つは(かつは)」=一方では〜。他方では〜。     ◯「且つは」は古語であり、二つの事柄が並行して行なわれている状況を表す際に使われる。