【狭山事件公判調書第二審4248-51丁〜】
『意見書』
東京高等検察庁 検事 大槻一雄
昭和四十九年二月七日
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三 つぎに、本件当日である五月一日の行動に関する被告人の当審供述が措信できないことについては、すでに検察官が昭和四十五年六月十七日付『事実取調に対する意見書』十九丁から二十二丁に亘って述べたとおりである。
ただ、一言付言すれば、被告人が五月一日の自らの行動につき当審において供述すること、特に当日午後、所沢から電車で入間川駅に戻ってきてから午後七時頃帰宅するまでの間の具体的な経験事実がもし真実であるとするならば、何故そのことを本件の捜査段階で、犯行を否認していた当時に述べなかったか、ということを当然問題とせざるを得ないのである。
被告人の当審における供述によれば、被告人は当日、家人には仕事に行くと称して実は仕事をせずに遊んでおり、且つ父親から、警察で調べを受けたら兄=六造とともに仕事をしていたと言えと言われたため、父親の手前真実を供述できなかったと弁疏(注:1)しているもののようである。
しかしながら、検察官が当審において、捜査段階の取調べ状況を明らかにするために提出した被告人の司法警察員に対する供述調書の記載によっても明らかであるように、被告人は第一次逮捕勾留の初期の段階において、取調官から五月一日の行動状況について尋ねられ、当初は父親から言われたとおり、当日は兄=六造とともに仕事をしていたと述べたものの、まもなく右供述が嘘であったことを取調官に看破され、その嘘であったことを自認する旨の供述をしているのであり、爾後(注:2)においては故ら(注:3)に当日の行動につき、真実を述べるについて何らの障碍(注:4)もなかったことが明らかである。それにもかかわらず被告人は当時、当審で供述するような当日の行動、とりわけ、夕方、入間川駅付近で経験したような具体的事実については何ら供述していないのであるから、この点から考えても五月一日の行動に関する被告人の当審供述は到底措信できないものというべきである。
(続く)
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注:1「弁疏(べんそ)」=言いわけをすること。弁解。
注:2「爾後(じご)」=その後。それ以来。
注:3「故ら(ことさら)」=故意に。わざと。わざわざ。とりたてて。とりわけ。格別。
注:4「障碍(しょうがい)」=妨げ。