アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1421

狭山事件公判調書第二審4248-36丁〜】

                                     『意見書』

                    東京高等検察庁  検事  大槻一雄  

                                                        昭和四十九年二月七日

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   四   つぎに、神田正雄作成の実況見分調書と当審証人=中川ゑみ子の供述によれば、本件当時、中川方庭先で盗まれた縄の長さは概ね所論のように合計十九・八七米であること、並びに証拠物の荒縄の長さがだいたい所論のように二十四米ないし二十五米であることは、一応これを首肯できる。しかし、椎名稔方敷地東側に張ってあった縄の長さが果たして正確にはどれだけあったか、ことに本件当時、その縄がどういう状態であったか、当初十一・三〇米の東側一杯に張り巡らしただけの縄が当時もそのままの状態であったかどうかは、証人=余湖正伸の供述によると必ずしも明らかではなく、本件当時にかけて同年四月中は右椎名方へ建築の仕事に来なかったという同証人にとってはこれを知るに由(よし)なきところであり、証人=中川ゑみ子の供述もこれについては全く触れるところがないのである。したがって本件当時、右中川方および椎名方敷地から盗まれた縄の長さが果たして所論のように合計三一・一七米であったかどうかは、それ自体問題であるばかりでなく、仮にその長さが所論のとおりであるとしても、もともと二米ないし三米くらいの長さの縄をつなぎ合わせて張り巡らされていたものであるだけに、これを杭から取り外す際、ないしはこれを芋穴の付近まで運搬する際に、一部置き忘れるとか落とすというようなこと、さらに芋穴付近でこの縄を用いて被害者=善枝の死体を吊り下げる際、余った分を捨てたということも経験則上、十分考えられるところであり、もともと自白調書自体それらの状況を具体的に明らかにするに足るような詳細な内容のものではないので、計算上、七米余りの長さの相違を理由に、その点の自白は直に虚偽であるとする所論には、にわかに賛同し難く、失当であるというほかはないものと思料する。

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   五   また、証人=中川ゑみ子、同=余湖正伸の供述によれば、中川方にも椎名方にも本件証拠物のような木綿細引紐がなかったというのであるから、これを荒縄とともに同所から持って来たという被告人の捜査段階並びに原審公判における供述は、その裏付けを欠くこととなるのではないかとの主張もあり得よう。

   しかしながら、当審証人=原正の供述によれば、右中川、椎名方以外にも、本件死体遺棄の現場からほど遠からぬ所に証拠物の如き木綿細引紐が存在したと思われる節も認められるので、被告人が本件犯行当時、右中川、椎名方以外の場所からこれを持って来て犯行の用に供する可能性も十分あったのであり、右中川、余湖の証言のみから直ちに自白にかかる犯行そのものの供述の信用性を否定することは相当でない。

(次回、六へ続く)