

【狭山事件公判調書第二審4248-32丁〜】
『意見書』
東京高等検察庁 検事 大槻一雄
昭和四十九年二月七日
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三 つぎに、弁護人は、被害者のスカートが破れていたことについての被告人の供述は、被告人が芋穴から死体を引き上げる際、スカートを掴んで引っ張ったことによるものであるというのであるが、五十キロもある被害者の死体を穴から引き上げる際引っ張ったにしては、スカートの破れがそれ程ひどくないという客観的状況に照らして信用出来ないし、被害者の着ていた洋服の上衣のボタンが三個付いていた筈であるのに、死体の実況見分の際それが一個しか残っていなかったが、被告人の自白調書にはそのことに触れた供述は全くないので、被告人の自白には信用性がないと主張する。
しかしながら被害者のスカートが破れていたことにつき、被告人は七月七日付検察官調書三項および原審第七回公判において、芋穴の中から被害者の死体を出す時スカートを持って引っ張ったため破れたと思う供述しており、右検察官調書によれば、『藷穴から引き上げる際、善枝ちゃんの足が穴から外へ出て体を引き出す時にスカートを掴んで引っ張ったような気がする』というのであるから、死体の全重量がスカートにかかるような状況で引っ張ったものではなく、しかもスカートを掴んで引っ張ったというのは、ほんの一瞬時のことのようにも推認されるのであるから、スカートの破れ方がさほどひどくなかったことも十分首肯できるところであり、したがって被告人の右供述は信用性に欠ける節が全くないものと思料する。
つぎに、死体の実況見分時において被害者の上衣のボタン三個のうち、二個が脱落していたことは所論のとおりであるが、原審証人=大野喜平の供述によれば、死体発見時は右三個のボタンのうち脱落していたのは一個だけで、二個付いていたところ、死体を被害者宅へ運搬し、解剖するまでの間に、うち一個が脱落したものであることが明らかである。
そこで、死体発見時にすでに脱落していたと認められるボタン一個がなくなったことにつき、被告人の捜査段階における供述が全く触れていないのは所論のとおりであるが、自白による犯行の状況等に照らせば、被告人が被害者を強姦し殺害した後、死体を地中に埋没するまでの間に右ボタン一個が脱落する可能性は十分考えられるところであり、脱落の状況は具体的に明らかではないが、右:大野証言に徴しても非常に取れやすい状態にあったと認められるボタンのことであるから、たまたま被告人が本件犯行の過程において右ボタン一個が脱落したことに気付かなかったとしても、何ら異とするに当たらないことであって、そのことを捉えて被告人の供述の信用性がない等という所論が失当であることは、改めて多言を要しない。
(続く)
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◯被害者の上衣にはもともとボタンが三個あったということであるが、脱落したボタンの捜索は為されたのであろうか。石川被告が自白した犯行経路上でそのボタンが見つかれば、捜査機関にとってこれは被告が真犯人であるという重大な根拠となりうるが、この点については検察官は全く触れていない。