【狭山事件公判調書第二審4248-18丁〜】
『意見書』
東京高等検察庁 検事 大槻一雄
昭和四十九年二月七日
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第三 現場足跡
一 昭和三十八年五月三日の朝、佐野屋付近の馬鈴薯畑から採取された、犯人の印象したものと推認される足跡型成石膏三個(東京高裁昭和四一年押第一八七号の符号五)のうちの右足のものと認められる一個が、被告人の自宅から押収した五足の地下足袋うちの一足(前同押号符号二八の一)の右足によって印象されたものであり、その余の右足一個、左足一個の足跡型成石膏もそれぞれ右同地下足袋の右足によって印象可能であり、また右同地下足袋左足と同一種別、同一足長であると認められることは、原審の記録中にある関根政一、岸田政司作成の鑑定書、原審証人=関根政一、同:岸田政司、当審証人=岸田政司の各供述によって明らかである。また、右現場から採取した足跡三個が逃走した犯人によって印象されたと推認できる状況にあったことは、原審証人=飯野源治、当審証人=長谷部梅吉、同:諏訪部正司、同:大谷木豊次郎の各供述により、これを肯認するに十分である。
したがって、右足跡型成石膏三個が、被告人の捜査段階における自白と相俟って本件の有力な補強証拠であると同時に、これが本件と被告人とを結びつける、いわゆる決め手の一つであることは、改めて多言を要しないところである。
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二 ところが、弁護人は、右現場足跡が犯人のものであると推認される証拠が不十分で、犯人以外の者の足跡である可能性があるばかりでなく、右現場足跡の存在した場所が被告人の自白による行動経路とも相違しており、また、足跡鑑定の方法や結論にも疑問があるとし、しまいには本件の現場足跡は偽造されたとも極論している。
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三 しかしながら、航空自衛隊入間基地司令=中村雅朗名義の"気象状況について(回答)"と題する書面によれば、犯人が佐野屋付近の茶畑へ現われた前日である五月二日の現地の天候は、午後四時五十五分から午後七時四十五分まで雷雨があったのであるから、同日午後七時四十五分以降、司法警察員=飯野源治が現場足跡を採取した翌五月三日午前六時三十分頃までの間に、耕作者ないし付近の住民など本件と関係のない者が右場所へ立ち入ることは考えられず、またそれ以前に現場へ立ち入った者があったとしても、右の雷雨によって消失していると推認される。右の時間帯に現場へ立ち入る可能性のあった者は、本件の犯人か、犯人の逃走後、現場付近の捜索に当たった警察官以外にはあり得ないと思料される。ところが、原審証人=飯野源治、当審証人=長谷部梅吉(第八回公判)の供述によれば、当夜、現場足跡に見られるような縫込地下足袋を履いて現場に立ち入った警察官のなかったことが明らかであるので、本件現場足跡はまさしく犯人のものとしか考えられない状況にあったと言わざるを得ないのである。
しかも、原審検証調書中、佐野屋付近における足跡の現認者であるという立会人の司法警察員=関口邦造の指示説明によれば、同検証調書見取図(二)(原審記録一七二丁)の中田登美恵が最も犯人に接近した地点として指示したC点より北東二三・六米の道路端①点から南方の桑畑茶畑へ三・七五米入った②点に道路の方へ向かった足跡が一個あり、さらに右②点から〇・七五米南東の③点には人が蹲(うずくま)ったような跡があって、それは人間の足跡であることははっきりしていたが、どういう種類のものを履いた跡か、はっきりしなかったというのである。右原審検証調書添付図面③点は、関係距離を測定するにあたっての起点の取り方など、測定の具体的方法を異にするけれども概ね当審第三回検証調書添付図面第三図の64(原本では丸の中に数字)にあたることは右両図面を比較対照することによって推認できるところである。
そして、当審証人=長谷部梅吉(第八回公判)、同:大谷木豊次郎(第四十五回公判)の各供述によれば、概ね当審検証調書添付図面第三図64の犯人が潜んでいたと思われる箇所に立会人=関口邦造が原審検証のさい指示説明した如く、土を踏み固めたような多数の足跡痕があり、そこから足跡の行方を追跡したところ南方へ向かって畑地の中に不鮮明ではあったが連続した足跡が認められたので、これを辿っていった結果、現場足跡を採取した当審第三回検証調書添付図面第三図62付近の馬鈴薯畑の中に西方へ向かう比較的鮮明な足跡痕数個を現認し、同所の足跡痕を石膏で採取するに至ったことが認められる。
右のような足跡採取に至る具体的な経緯に徴すれば、本件現場足跡が、犯人のものと推認される客観的な状況にあったことはまことに明白である。
さらに、本件現場足跡三個は、現場の捜査指揮者であった長谷部梅吉の命により狭山警察署巡査=飯野源治が五月三日午前六時三十分頃から同日午前八時三十分頃にわたって石膏で採取したものであることは、原審証人=飯野源治の供述、その他関係証拠に徴して明らかであり、これを偽造したというが如き疑いをさし挟む余地は毫末(注:1)も存しない。
(続く)
注:1「毫末(ごうまつ)」=細い毛の先ほど、わずか。
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(第三回検証調書添付図面第三図)