◯昭和六十一年に福井市の中学三年生の女子生徒が自宅で殺害された事件が起きたが、この事件で殺人罪により懲役七年が確定し服役した前川彰司さん(六十)の裁判をやり直す再審で、名古屋高裁金沢支部は七月十八日、前川さんを無罪とする判決を言い渡した。このことは、過去にあった「免田事件」にも言えることだが、再審の扉を開くには職務に熱心な裁判官が担当するかどうかが鍵であることが明確に理解できた。袴田事件は無罪確定となり、この福井市の前川氏もやはり無罪となり、これらの流れに触発され狭山事件にもその余波が及ぶと思いきや、マスコミ関係はまったく触れようとしない。なぜ触れないのか、そこには触れてはならないタブーが存在するのであろうか・・・。

【狭山事件公判調書第二審4248-10丁〜】
『意見書』
東京高等検察庁 検事 大槻一雄
昭和四十九年二月七日
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七の③ 一方、第一次逮捕・勾留中、別件の取調べに付随し、且つこれと併行して、本件についての捜査、取調べが行なわれたことも事実である。本件に関する捜査として、被告人から唾液を提供させてその血液型を調べたり、五月二十三日と五月二十九日の二回に亘(わた)って被告人にポリグラフ検査を受けさせたほか、本件に関する取調べもかなり行なわれたことは、当審の審理の結果に徴して明らかである。
しかし第一次逮捕・勾留期間中、本件について取調べが行なわれたのは、もともと別件のうち、恐喝未遂の事実と本件とが極めて密接な関連があったからであり、むしろ、別件である恐喝未遂の取調べをするためには必然的に本件のことにも触れて被告人を取調べる必要があったからに他ならないと思料される。
すなわち、第一次逮捕当時から恐喝未遂の脅迫状は鑑定の結果、被告人が作成したものと推認される状況にあったのであるから、それが如何なる経緯のもとに、何時(いつ)、何処(どこ)で、どのようにして作成したかを取調べるのは当然のことであり、一方、本件脅迫状の文面によれば、これが被害者方に到達した当時、中田善枝が被害の危険に曝(さら)されていることは明らかであって、しかもその後、同女が死体となって発見されたとあってみれば、恐喝未遂事件の取調べに際しても、中田善枝殺害事件との関連性を取調べる必要があることは明らかである。
そして恐喝未遂について、被疑者が全面的に否認している場合、取調べにあたる捜査官は被疑事実の周辺事実、たとえば事件当時、何処で何をしていたかというようなことについて取調べるのが捜査の常識とも云うべき事項であるが、別件の恐喝未遂と本件は、被害者が行方不明になった時期、被害者の死体解剖の結果判明した死後の経過時間などから、その発生時期もほぼ同じ頃であると推認できる状況であったことからすれば、事件当時の被告人の行動状況を取調べることは、一面においてそれが恐喝未遂の捜査であると同時に、他面において必然的にそれが本件の捜査ともなるものと解すべきである。第一次逮捕・勾留中に作成された被告人の供述調書には事件発生の当日である五月一日、二日およびその前後にまたがる被告人の行動状況につき再三にわたって取調べの行なわれたことが窺われるが、それは、専(もっぱ)ら本件のためにする取調べというべきではなく、別件の恐喝未遂についても、当然為すべき取調べをしたものに他ならない。
右のような別件恐喝未遂と本件との密接な関連性を考慮すれば、第一次逮捕・勾留の期間中、その逮捕・勾留の基礎となっている別件につき、その勾留の理由と必要が存続する間、別件の捜査、取調べのほか、これに付随し、これと併行して本件の取調べを行なうことは、従来の多数の判例が、これを是認するところであって、本件事案の場合においても何ら違法性または不当というべきものではない。
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