【狭山事件公判調書第二審4239丁〜】
まとめ
捜査を批判し、無罪の判決を
弁護人=中田直人
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(三)
当審における審理経過を振り返って、大まかな特徴でいえば、久永裁判長のもとでの第一段階は、虚偽の自白が作られた事実とその過程を基礎に、疑問点を整理したということであり、井波裁判長のもとでの第二段階は、一つひとつの疑問点を掘り下げ、自白と客観的事実との食い違いをいっそう明らかにし、いくつかの問題で自白の虚偽を科学的に解明することができたということであろう。
第一段階では、被告人が犯人であるという検察官の一方的な主張、立証ですべてを終わった一審審理と比較して、法廷に提出された、いわばお膳立ての整った証拠が、どのように作られたか、そのための捜査の経過、取調べの実情にある程度の照明を当てることができた。捜査官、取調官、拘置所職員の証言の端々から、被告人の述べる自白の過程が裏付けられていった。
なかんずく、自白によって発見されたといわれてきた鞄、万年筆、時計の三つの物証が、ことごとく発見経過に重大な疑問があり、捜査当局による意図的な工作が加えられたという極めて強い疑惑を浮き彫りにした。この点は、宮沢弁護人が第二段階における証拠調べの発展をも含めて、強調したところである。
また、現場足跡が偽造されたという疑いが提出され、足跡鑑定・筆跡鑑定の非科学性が明らかにされ、いわゆる出会い地点付近には農夫が畠仕事をしていたという事実が証明されて、一種のアリバイとなり、各方面から自白の虚偽を示してくれた。
一審では検察官がことさら回避したと考えられる中川えみ子、余湖正伸の両証人が、荒縄とともに盗まれたと主張されてきた、死体の首に巻かれていた木綿細引紐は知らないと断言し、この問題を巡って、この事件が紛れもない冤罪事件であり、冤罪事件に付きものの違法な捜査、虚偽の自白の強制・誘導、自白を維持するための不法な工作が、この事件にも明らかに存在することを示した。
私たちはいつも客観的証拠、物証を重視する。死体、三つの物証、脅迫状と封筒、手拭い、タオル、荒縄、木綿細引紐、ビニール風呂敷、玉石、棍棒、スコップ等々に対する科学的批判と自白の虚偽との関わりを強調したし、足跡、時計などについての鑑定を要求し続けた。しかし久永裁判長らの審理は、被告人の供述と捜査官らの供述とを対置させることに終始した。人の言葉のみであれこれの議論をすることは、偏見と独断を助長し、真実に迫る態度では断じてない。
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(四)
第二段階における井波裁判長らの審理も、その基本的態度は少しも変わらなかった。被告人の供述と捜査官らの供述とを対置する態度は、いっそう根深かったとさえ言える。捜査官らに対する証人尋問において、井波裁判長がしばしば助け舟的発問を行ない、しかもその多くが言葉の「解釈」を独鈷(注:1)にとるものであった事実を思い出してほしい。
それにも関わらず、第二段階で自白と客観的事実との食い違いをいっそう明らかにし、いくつかの問題で自白の虚偽を科学的に解明することができた、と私が特徴づけたのは、主として被告・弁護側の努力の結果についてである。
第六十四回公判において私は、上田鑑定書の取調べを請求する理由として、この鑑定書が生まれる経過に触れた。一審では五十嵐勝爾(かつじ)証人を取調べながら、彼が作成した鑑定書の内容について尋問することは許されなかったし、改めてそれを求めた弁護人の請求は却下された。当審五十嵐証言は、死体そのものが自白の虚偽を明らかにしていることを示したが、それを手がかりに死体の再鑑定を求めてきた私たちの請求は、裁判所によっていれられず、検察官もこれに反対し続けてきた。弁護団は、自らの努力でこの問題を解明せざるを得なかったのである。
上田鑑定書と五十嵐証言は、死体がうつ伏せに埋められる前に、一体時間あお向けにされていたこと、自白にいうような逆さ吊りにしておいた痕跡が死体には全くないことなどを科学的に証明した。これらの点については、橋本、木村両弁護人が詳細に論証した。また、佐々木哲蔵弁護人は、上田鑑定書を基礎に、犯行日時は原判決認定と異なるとみるべき科学的根拠があることを指摘した。
松本弁護人は、従来とも明らかにしてきた、脅迫状などが被告人と同一筆跡であると断ずる各鑑定が、いかに非科学的なものであるかという点に加えて、綾村勝次、大野晋、磨野久一の三鑑定書が、脅迫状に現われる漢字表記能力、仮名使用能力、読み書き能力は、被告人の当時のそれと格段の相違があり、横書きや当て字の問題からも、被告人には脅迫状を書くだけの能力がなかったという問題に視角を向けたことを説明した。(続く)
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注:1 「独鈷(どっこ)にとる」(それを持ち出しさえすれば相手が聞き入れるというところから、口実にする)
なお、本来「独鈷」とは密教法具の一つで、金剛杵の一種である。両端が尖った形状で、煩悩を打ち砕き、菩薩心を表すとされる。また、織物や家紋のデザイン、僧侶の隠語、暴力団用語など、様々な意味を持つ言葉でもある。
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◯さて、被害者宅へ届けられた脅迫状であるが、奇妙な当て字が使われてはいるが、かなり要領を得た文章となっている。文面に目を通し、当初老生は、「金二十万円 女の人が持ってさのヤの門のところにいろ」「もし金を取りにいってちがう人がいたらそのまま帰ってきてこどもは殺してやる」との文章は、被害者の姉である中田登美恵が金を持って佐野屋の門にいろ、金を取りに行って中田登美恵以外の者がいたらこどもは殺す、という解釈をしており、つまり真犯人は中田登美恵はおろか、もしかすると家族構成をすべて知っている人物であろうかと案じていたが、どうやらこれは過ちであった。この脅迫状の元々の宛名は少時様であり、脅迫文はその少時という人物に宛てられものである。脅迫状の訂正箇所は日付と場所のみであり、すると「身代金を女の人が〜」「〜違う人がいたら」という部分が訂正されていないことから鑑みて、どうやら少時という人物の家庭環境において脅迫文の言う「女の人」が存在していたと考えざるを得ない。
したがって脅迫文にある「くりかえす 刑札にはなすな」「気んじょの人にもはなすな」という文句は中田家に対するものではなく、「少時」という人物への警告であり、だからこそ訂正がされていないのではないかと思われる。