
【狭山事件公判調書第二審4228丁〜】
『玉石と残土』
死体埋葬現場の客観的状況と自白内容との矛盾
弁護人=藤田一良
*
四、玉石は真犯人が持ち込んで置いたものである
(1) 前述の実況見分調書によれば、現場の土質は「黒色のやわらかな土」ということであったが、本件現場附近一帯は、東京大学農学部教授=八幡敏雄氏の残土についての鑑定において述べられているとおり、立川ローム層に覆われている。
表層の黒土は、植物が腐蝕した成分を多量に含んでおり、黒ボク土層といわれ、その下部は、黄褐色のローム層である。本件現場では、写真からみても、ほとんど黒ボク土が穴底附近まで均量に及んでいるものと思われる。
関東ローム層については、関東ローム層グループの研究が発表されているが、これが研究対象として持つ意味は、まず第一に、それが火山灰層序学の典型的な研究対象であることにあるといわれている。
火山が爆発して火山灰を噴出すると、それは空高く噴き上げられ、偏西風に乗って火山を中心に扇形に広がっていく。異なった火山ごとの、あるいは同一の火山の、それぞれの機会の噴火ごとの火山灰が、扇を重ねたように均質の土層をなして積もり重なっていくので、その一枚一枚を引き剥がしていけば、その中心に畳み込まれている、太古からの自然と社会との移り変わりを知るのに役立つので、地質学でいう「鍵層」として重視されるのであり、その地質は、各層によってどこまでもほとんど均質である。
これを本件死体発見現場に則して言えば、黒ボク土の中に混じって縦二十センチ、横十六センチ、重量六・六キロに及ぶ玉石が自然のまま存在するということは、地質学上もあり得ないのである。
(2) 死体発見現場の農道の持ち主である新井千吉も、当審の第六十七回公判において、裁判長の問いに答えて、
「(附近に存在する石は)、石と言いましても畑に混じっているような石があるわけです。麦をまくのに土をふるいますから、じょれんに石がかかるんですから。」「(大体の大きさは)これくらいですね(約四センチの輪を指で作った)。あと小さいのもありますよ、いろいろですから。」
と証言し、土地の持ち主であり、多年にわたって耕作を実際に現地でしてきた者の経験に照らして、右の玉石の存在の不自然さを浮き彫りにする証言をしているのである。
捜査官自身も、玉石が何故そこに置かれていたのか、その不自然さについては充分承知しているのである。このことは、当審第四十四回公判において、死体発見現場の実況見分調書の作成者である大野喜平の、橋本弁護人の尋問に対する答弁でも明らかである。同人は、
「玉石は事件に関係あるか分かりませんが、その附近にないものだから、珍しいものであったから、特異な物があったから、これは記録にとどめた方がいいんじゃないか、と考えてこれを押収した。」
と証言しているのである。
*
五、玉石は何を物語るか
押収にかかる玉石が、自然のままには絶対にその場所に存在するはずのものではない、という点については右に述べたとおりであるが、さらに実況見分調書添付各写真に写し出された死体発掘過程の中で、明らかに右の玉石は、犯人によって一体の意味を持ったものとして、注意深くその場所に置かれたものであることを明らかにしたい。
(1) 死体発見過程を示す添付写真で、玉石が写されているのは現場写真第九号である。右の玉石が発見されるまでに、すでに玉石の上にこれよりも早く荒縄の一部が露出していることに注意を促(うなが)しておきたい(同七号及び八号)。しかも九号の写真では、俯(うつぶ)せになった被害者の右側頭部に接して(ということは右側頭部のすぐ上に)玉石が存在し、その上に荒縄が置かれている状況が歴然と写し出されている。すなわち、玉石は頭と荒縄の間に置かれているのである。これは何よりも玉石が、真犯人によって死体を埋没する過程で、その場所に注意深く置かれたことを示すものである。
しかもさらに見落としてはならないのは、死体を取り出した後の状況が写された写真十一号である。そこにはビニール片が写っているが、その位置はちょうど俯せに横たえられた被害者の顔の真下に存在している。すなわち、被害者は穴の中に埋められるに際し、顔の下にビニールを敷かれ、顔面が直接土に接触しないよう配慮されたのち俯せに横たえられ、頭上に玉石が置かれ、さらにその上に荒縄の一端が置かれたのち土がかけられているのである。この状況は、「お茶の木の反対の麦畑の方から穴の中え(原文ママ)善枝ちゃんを落としました。そのとき善枝ちゃんの顔が上になったか下になったかわかりません。」という石川君の自白の内容とは断じて相容れるものでなく、石川君の自白が、石川君が無実である故に、いかに真実の姿から遠いものでしかないかということを、もはや多言の余地なく明確に物語っているものである。
このように重大な意味を持っているビニールの紙片は、何故か捜査官によって押収されなかった。
「家(うち)の場合は家(うち)の専用の農道でしたから、紙一つ、草一本、五月の事件当時おそらくなかったはずです。なでるようにきれいにしておくものですから。」という当審での新井千吉の証言を待つまでもなく、存在自体不自然なビニール片が、しかも死体の顔の下に敷かれてあったのに、それが押収されないということがあってよいものであろうか。
これは、単に捜査における手落ちといって済まされるものではなく、捜査の作為性を強く疑わしめるものである。当審第四十四回公判における大野喜平のビニール片に関する証言は、右のビニール片の持つ意味の重大さを知りながら、ことさらにこれを曖昧化しようとする態度を示すものに他ならない。
*
次回、(2)へ進む。