【狭山事件公判調書第二審4174丁〜】
『足跡および佐野屋往復経路の諸問題』
弁護人=城口順二
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三、佐野屋周辺張込みの実体
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五月二日夜は、佐野屋周辺に大々的な張込みが行なわれていた。以下、二日夜を当夜という。
(1) 原審・山下、当審・大谷木、同・諏訪部各証言、及びすでに昭和四十七年十月十二日採用決定済みの昭和三十八年五月六日付諏訪部警官作成の「張込報告書」を綜合すれば、当夜、佐野屋周辺には三十名を超える警察官が張込みを成し、要所要所の交叉点にはほとんど二名以上の人員を配置していたのである。
配置の時間について見ると、脅迫状の指定する時間(当夜十二時)の二時間前とされていた(当審:大谷木証言)。事実、山下警部は佐野屋の北側に配置され、同所に当夜十時十分頃には任務に就いている(原審同証言)。また、原審:増田証言によれば、同氏も十時頃には佐野屋のところに張込んでいたことなども考えれば、他の配置場所にも同時刻には、すなわち当夜十時頃にはそれぞれ担当員が張込みを開始していたことが認められる。
(2) ところで自白の通行経路に即してみると、前述検証見取図56点の墓地のある交叉点に二人、57点の床屋前に二人、㉞点の町田方十字路に二人、佐野屋の東側付近に二人の計八人もの張込員がいたほか、佐野屋のすぐ近くに二人の張込員が配置されていた。
(3)右は被告人の自白によればその経路上あるいはその近接地点に八人もの係員が張込んでいたことを示している。各地点の通過時間についてはその問題点を後に指摘するが、端的に言えば各張込地点を、係員が張込み中に被告人が通過する蓋然性が極度に高いとの点は重要であり、これは往路・復路ともに言えることである。
ところが不可思議なことに、現実には張込員の誰一人として被告人の通過を現認していないし、あるいは走り抜ける足音さえも聞いていない。これはどう説明すべきなのだろうか。ここの辻褄を合わせるには、一つには被告人が張込地点をあらかじめ知っているかのように、そこを避けて通過していなければならない。
ところが被告人は警察関係者でないし、自白経路は張込地点を通過していることからみれば右の要請は満たされない。
四、三つの進路変更の意味
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右の要請は決して無視出来ないことから、検察官はあえて進路変更の挙に出た。(1)の進路変更をして56点の張込みをかわし、(2)の進路変更をして㉞点の張込みをかわし、(3)の進路変更をして佐野屋東側の張込みをかわさねばならなかったのである。ただ床屋前の張込みについては、この点を通らないことにすると、自白経路の重要なすべてを変更することになるだけでなく、佐野屋南方に至る経路を極めて不自然なものにせざるを得ないか、あるいは経路をまったく変えて、薬研坂の通りを利用しない経路を想定しなければならないなど、困難に逢着することになるだろう。そこでやむなくこの床屋前の一ヶ所に限っては、張込員が発見し得なかったとするか、時間的には張込み以前に通過させねばならざるを得なくなるだろう。しかしこれも成功していない。
以上見てくると三つの進路変更は、故意に張込地点を回避させる策謀によるものであったことが明白である。
なお(3)の進路変更については、足跡の関係からも重大な要請であったことは後述する。
(検証見取図)
◯赤線が被告の自白した経路、青線は検察官が主張する経路。事件当夜においては佐野屋周囲の三十人とも言われる捜査員らとは別に、周辺の各要所にも警戒のため捜査員が立番している。被告の自白をそのまま採用した場合、いずれかの立番している捜査員と出くわすため、検察官は自白とは異なる経路を編み出したというわけである。
しかしそもそも被告の自白はまったく架空の話であるからして、これは無駄、無意味な、無理な作業であった・・・。