(写真は被害者宅へ届けられた脅迫状)
狭山事件公判調書第二審4165丁〜】
『筆跡をめぐる諸問題』
弁護人=松本建男
*
第四.[脅迫状における記載文字、語句の特徴点]
この点についてはすでに弁護側が証拠として提出した綾村勝次、磨野久一、大野晋の三鑑定人のすぐれた鑑定結果が出されている。
右鑑定結果を綜合的に要約するならば、脅迫状は、小学校以上の教育を受けた者、または事務的な仕事に日常関係している者の書きようで、横書きに習熟した筆致がみられ、かなりの速書きで硬筆書写に経験のあることが示されている(綾村鑑定書)。横書き表記能力がある者で、正しく句読点を付しうる能力を持っている、一気に書き上げるだけの文章構成力があり、読み書き能力もかなり高く、日常書くことの場を持っている者と推定でき、小学校五年修了程度の学力、能力を有する者では記述できない(磨野鑑定書)。仮名で書くべきところに漢字を作為的にあてている点などからみて、脅迫状の原文起草者は中○(=文字不鮮明につき写真①参照)度以上の文字能力を持つと推定される(大野晋鑑定書)とするものである。
(写真①)
そこで、さらに本脅迫状の語句、記載文字についての特徴をみると下記の点を指摘することができる。
(一) 文法上の誤りがほとんど見られない。少しでも誤っていると思われる部分を全部摘出しても次のとおりである(カッコ内の数は行数を示す)。
1、ほ知かたら=欲しかったら(1)
2、金二十万円女の人が=金二十万円を(2)
3、をくれたら=遅れたら(4)
4、ないとおもい=ないと思え(4)
5、小供は死=子供は死ぬ(5)
6、か江て=帰って(6)
7、死出=死んで(7)
8、子供死出死まう=子供は死んでしまう(12)
そして上のうち、1と6はいずれも促音が表示されていないが、他の部分では「もッて」「いッた」「かッたら」「いッて」「いッて」「いッて」というように六箇所にわたって促音を表記しているのであり、文章筆記者が促音の使い方を知らなかったものではない。
次に2の点については、「金二十万円を」というように表記するのが文法上は正確であるが、本文のような簡潔な文体によって用件を言い表わす場合などは、日常用語の場合と同じく、このような場合の「を」を省略することが多いことは一般経験則上明らかであり(流行歌にも「とこ姉さん、酒もってこい」というようなのがある)、この点を表記能力の問題とすることは適当でない。現に最後の行は「もし金を」というように、「を」字が正しく表記されている。同様に5、7、8も、「死」を強調するための使い方で表記能力の問題ではない。かえって高等な使い方と言えるかも知れない。
3と4の点だけが文法上の誤りと言えるが、後者については、「え」字を知らずに「い」字を以って変えたものではないことは八行目の「かえッて気たら」の「え」字の使用について認めることができるのであり、前者についても「お」字を知らないための誤りではなく、4のように「おもい」と、「お」字を正しく使っているのであるから、両者とも筆記者の作為的な用法と認めるほうが妥当である。
(続く)