【狭山事件公判調書第二審4082丁〜】
『自白強要、屈伏への経過』⑥
弁護人=阿形旨通
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(七の続き)
この憲法三一条の適正手続条項を頂点とし、包括的指針として、刑事訴訟の分野においても、違法に収集された証拠、例えば違法な押収手続によって得た証拠物や、強制により換言すれば黙秘権を侵害して得た自白などの供述証拠が、証拠として裁判所に採用されないということ、すなわち違法収集証拠の証拠禁止という観念は、今日判例・学説上定説となっている。
強制自白、不当長期勾留後の自白、任意性に疑いのある自白の証拠禁止という制度の存在理由、立法根拠をめぐって、右規定制定の当初には、いわゆる虚偽排除説と人権擁護説の論争があった。強制・拷問・脅迫による自白は虚偽となり易いから証拠能力を与えないのだと説明するのが「虚偽排除説」である。しかしこの説では、すでに不当長期勾留後の自白の証拠禁止の理由を十分に説明し得ず、また、憲法三八条一項との関連を軽視することにならざるを得ない。多少の強制や脅迫があっても自白の内容が虚偽でなければよい、との考え方に傾きがちとなる。自白の証拠能力と証拠力(証明力)の区別をあいまいにすることになる。
「人権擁護説」は、憲法三八条二項を同条一項の規定の人権との関連においてとらえた点では優れているが、なお全法体系におけるこの制度の位置付けを明らかにするには十分ではなかった。
今日、この問題については、いわゆる違法排除説が有力となってきている。それは、違法収集証拠(証拠物並びに供述証拠の両方)の証拠禁止の法理を適正手続の保障の一分野として位置付けるものであって、視野の広い、包括的な考え方である。
約束による自白の証拠能力を否定した最高裁判例(昭和四十一、七、一、第二小法廷判決。判例時報四五七号)も、違法排除説の方向に踏み出したものと評価されている。
「公務員による拷問・・・・・・は、絶対にこれを禁ずる」「何人も自己に不利益な供述を強要されない」との憲法の規定を真に「尊重し擁護する義務を負ふ」(憲法九九条)裁判官は、自白の任意性と証拠能力に関する法制を、適正手続保障の一分野として正しくとらえ、自白の内容の真偽を問う前にまず、一切の捜査官憲の違法は裁判所の門に入るを許さず、とする毅然たる態度を堅持していただきたいのである。
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八、本件狭山事件についての石川被告の自白には任意性がない。しかも、すでに非常に多くの角度から実証されているとおり、また今後さらに多面的に且つ深く明らかにされるであろうように、石川被告の自白は、その内容においても虚偽である。
狭山事件について石川被告から自白をとるために、特捜本部長、副部長から特別の使命を与えられて乗り込んできた関部長や、「十年で出してやる」との約束を以って迫った長谷部刑事をはじめ、多くの捜査官らの分業と協業による自白強制のやり口については、すでに詳細に論ぜられているとおりであり、また部落差別の温存と融和政策の推進における関巡査の果たした役割や、狭山事件捜査陣にとっての関刑事の効用については、本日午前、青木弁護人が詳しく論証されたところである。
これらと併せて、右のような激烈かつ巧妙、隠険な自白強要の集中攻撃を受けた側としての石川被告の、前述の如き苦悩や心中の葛藤とその経過を知ることは、石川被告の自白は証拠能力がないこと、また証明力もないこと、要するに同被告が無罪であり、無実であることを理解する一助となるであろう。
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『自白強要、屈伏への経過』阿形旨通弁護人の弁論は以上である。