【狭山事件公判調書第二審4059丁〜】
自白論 その(1) 『鞄・万年筆・腕時計と自白』
弁護人=宮沢祥夫
*
("被告人の六月二十日付、六月二十一日付警察官調書は誘導によって作り出された虚偽のものである"の続き)
*
(三) 被害品とされる鞄が、被害者のものであるかは疑問である。
被告人の自供によって六月二十一日に発見されたとされる鞄について、それが被害者のものかどうかの確認は原審中田健治の印象的な証言以外にはないのであって、同一性を認定しうる根拠に乏しいところである。また、「埼玉県第十一号特別重要品触れ」に表示してある「ダレス鞄牛革製」と同一であるかは疑問とするところである。
特に被害品の鞄については、他の被害品とは異なり、これは追跡捜査は全くされていないのであって、製作所は明らかにされず、また製品の規格・品質・特徴によってその同一性を確定するものは何もないのである。この点に関する証拠調べはさらに実施される必要がある。
(四) 以上を綜合して見れば、警察官は六月二十一日か、あるいは被告人の自供時期とはおおよそ関係のない日時に、鞄を入手しておきながら、被告人が関源三に対して三人共犯説を述べた後の六月二十四・五日頃に、警察官がわざと被告人に鞄を捨てたという場所を誘導して、それを図示させたものであって、被告人の自白が虚偽のものであることは明らかである。
*
○ここで、伊吹隼人というノンフィクション・ライターの著作物から一部を引用させていただくが、なぜそれを引用したのか、やがてお分かりいただけるに違いない。
*
(事件当時、山狩りと呼ばれた被害者の捜索に従事した狭山消防団第三分団所属の男性Sへのインタビューより)
伊吹=「最初に確認させて頂きたいのですが、被害者の遺体を発見されたのはSさん、ということでよろしいんですか」
男性S=「そう、私の方で見つけてるね・・・。その時は機動隊員と二人一組になって捜索やったんだけど、それでWという隊員と一緒に発見したんだよ」
伊吹=「裁判ではOという方が第一発見者になっているんですが、あれは違うんですか」
男性S=「ああ、あれはね、別の分団で隊長やってた人」
伊吹=「そうなんですか・・・。では、Oさんが直接見つけたわけではないと・・・」
男性S=「そうだね。最初に見つけたのは我々だったから」
伊吹=「あと、当時の週刊誌を見ると、Sさんが"善枝さんの持ち物を見つけた"って出ているものもあるんですが、あれはどうなんでしょうか」
男性S=「ああ、カバンか・・・」
伊吹=「やはりカバンがあったんですか」
男性S=「でもあれ・・・・・・場所が違うんだよな」
伊吹=「え?・・・どういうことなんですか」
男性S=「置いてあったの」
伊吹=「・・・・・・え?」
男性S=「あの死体発見現場の横には茶垣が一列になってあったでしょう・・・? カバンはその根元に置いてあったんだよね」
伊吹=「その話は初めて聞きました。そうだったんですか・・・。これまでの報道とは全然違いますね。でも、茶垣の下っていうことは、何か隠すような感じで置かれてあったんですか?」
男性S=「いや、違うね。普通に置かれてあった。通り(農道)からすぐ見えたからね」
伊吹=「Sさんはその時、カバンの中身はご覧になったんですか?」
男性S=「いや、それは見なかった。我々(消防団員)だけだったら見たんだろうけど、警察の人が一緒だったからね」
伊吹=「でも、これは確実に善枝さんのものだろう、と」
男性S=「そう。学生の使うようなものだったから、『こりゃあ、間違いない』ってことになって。それで『(死体が)埋まってんのはこのあたりなんじゃないか』って思って見回したら、それらしいところがあるじゃない。新しい土が出てて、軟らかくなっているようなさ・・・・・・。だから二人で『掘ってみよう』ってことになった。それで、確か近くに農作業やってた人がいたんで、その人に農具を借りたんだな」
伊吹=「当時の報道記録を見ると『おかめ(草かき)を借りた』って出てきますよね」
男性S=「そう。それを借りて、しばらく掘った。そしたら荒縄が出てきて・・・・・・。それで、それを引っ張ったら(死体の)手が出てきたもんだから、もう、ビックリしてね」
伊吹=「その後はどうなさったんですか?」
男性S=「現場保存のために、一回埋め戻した。それから他の人たちを呼んだね」
伊吹=「カバンはどうなったんですか?」
男性S=「機動隊の人に渡した。だからそっちで持ってったと思うよ」
伊吹=「でも、カバンはその後、一か月半も経ってから捕まった石川さんの自白に基づいて、全然違う場所から発見されているわけですよね。そのニュースを聞いた時は不思議に思いませんでしたか?」
男性S=「・・・・・・不思議に思ったねぇ・・・・・・」
(以上のインタビューは「検証・狭山事件 女子高生誘拐殺人の現場と証言」伊吹隼人著 ・社会評論社より引用抜粋)
*
もし公判廷において、このような問答がS証人と弁護人との間で行なわれていたならば、当時の東京高裁第四刑事部は蜂の巣をつついたような騒ぎに見舞われたことは間違いない。しかし残念なことに、引用させていただいたインタビューは一般刊行物内の記載に過ぎず、裁判の証拠能力としての価値はないが、このインタビューは非常に惜しい記録として貴重である。
本書を執筆した伊吹氏が、男性Sにインタビューした時期は2009年5月と記載されており、出版は翌年2010年初版第一刷発行である。過去に何度か触れたはずだが、前述したこの元消防団員の情報を狭山再審弁護団と共有出来ていれば、この裁判の行方はまた違った方向へ向かっていたのではないかと夢想する。