【狭山事件公判調書第二審4018丁〜】
「強姦・殺害・死体処理に関する自白の虚偽」⑦
弁護人:橋本紀徳
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(八) もっとも上田鑑定人は、体背面の死斑は、あるいは死体が発見されてから解剖にふされるまでの間、あおむけにされた結果、生じたかもしれぬと述べている(上田鑑定書(A)項⑥)。
たしかに、死体発見より、解剖までには、おそらく五時間以上、死体がいずれかの場所に置かれていたことは間違いない。しかし、上田鑑定書も指摘するとおり、右の時間、死体はあおむけに置かれていたものか、うつぶせに置かれていたものかは不明であり、また体背面に残る死斑をしめす五十嵐鑑定書第十四号写真がいつ撮影されたかも不明である。したがって、上田鑑定書により提出された疑問は疑問としてしばらく置くより方法がない。
四、左側腹部、左右の大腿部に顕著に見られる線状擦過傷を自白によって説明できるか。
(一)死体左側腹部、左右大腿部などには、きわめて顕著に線状の擦過傷がみられる。
五十嵐鑑定人によると次のとおりである。
「左側側腹部より左鼠径部にわたり上外側より下内側に向い走る線状擦過傷多数が集族性に存在す。」
「右大腿の前外側面に於て、鼠径溝直下の巾約十三・七糎、上下径約十六・○糎の範囲に上内側より下外側に向い、互に平行に斜走する線状擦過傷多数が存在す」
「左前大腿部に於いて、鼠径溝直下で左右約一〇・二糎、上下約六・○糎の範囲内に互に平行に縦走する細線状表皮剥脱多数が存在す。」(以上五十嵐鑑定書第二章第一の(5)及び(8) )
「下口唇左半部より頸部左半部にわたり、平行にほぼ縦走する線状擦過傷四条存在す」(同書第二章第一(3)のA)。
「右前下腿部に於いて、脛骨縁に沿い縦走する線状擦過傷若干」(同書第二章第一(8)のe)。
「左前下腿部に於いて脛骨縁に沿い線状擦過傷若干」(同書第二章第一回(8)のg)。
(二)これらのおびただしい線状擦過傷は、裸の死体が、死後、地面を引きずられたために生じたものである。 五十嵐鑑定人は、当審第五十三回公判の証言の中で「これはうつむけの死体をひきずった時にごくつきやすい傷である」「ぎざぎざのある棒でこすったり何かしてこういうような傷はできません」「生活反応がはっきりしないということは先ほど申した死○(印字不鮮明)期の損傷かどうかはっきりしませんけれども、普通は死後損傷と見るのが普通でございます」「これだけの擦過傷というものは相手に抵抗力のある時には中々出来得るものではごさいません。」と述べている。
五月四日付大野喜平作成の実況見分調書においても、「服の長さは○・五七米、袖の長さは○・五○米で、地 面を引ずった形跡が認められる。」と記復し、死体が地面を引きずられたものであることを、衣服に残った痕跡から判断をしている(同調書三死体発掘の状況(2))。
死後、死体が何らかの理由で引きずられたことは明らかである。
(三)ところが被告人は、はっきりと死休を引きずったことを否定しているのである。
七月八日付第三回検察官調書第二項に「善枝ちゃんを穴倉の所まで運んだり、穴倉から埋めた所まで運んだ際は両手で首附近と足を抱える様にして運びました。引きずって行った様な事はありません、」と述べているとおりである。白白によっては、これらのおびただしい擦過傷の成因を説明することはできない。ここでもまた自白が客観的事実に合致しないことを明瞭に露呈しているのである。
(四)もっとも、これらの擦過傷は、死体を芋穴へ吊下げる際、又は引上げる際に芋穴の壁に死体がふれて生じたのではないかと考えることができるかもしれない。すくなくとも、捜査立会検事である原検察官が、この線状擦過傷は芋穴の壁によるものであると考えたことは確かである。
当審第十七回公判において、原検察官は「死化を引き摺ったという自白はありませんが、芋穴で死体を上げ下げしたときに腹のところに擦過傷ができるという風に思ったのです。」と証言をしている。
そしてこれに見合うように、被告人の七月八日付の第三回検察官調書第二項に「善枝ちゃんの体は穴の壁に擦れながら引き上げられたわけです。」との供述があり、六月二十五日付警察官調書第十三項にも「この時善技ちゃんの足を縛ってあったので善枝さんの身体は逆さになって上って来ました。この時善枝さんは穴倉の壁にさわって上って来たと思います。」との供述がある。
しかし、そもそも、死体を芋穴に逆吊りにしたという前提事実自体が―後に木村弁護人が詳しく述べるように―認めることのできない虚構である。したがって、芋穴の壁にふれて擦過傷が生じるなどということは本来あり得べからざることである。がしかし、仮に死体が芋穴に逆吊りをされ、芋穴の壁にふれて吊りおろされ、また引上げられたとしても、果たして死体にみられるような整然とした擦過傷が生じるかどうか、大いに疑問の残るところである。
(続く)
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○公判調書をちょっと読んだら、息抜きがてら押入れ前へ移動する。
読み返すことのない古本は売り払おうと、押入れに詰め込んだそれらを整理するためである。
押入れの奥からはこんな雑本が出てきた。「豊田商事の正体」、懐かしいな。
子どもの頃、ぼーっとテレビを見ていると、マスコミが集まるマンションの通路に二人組の男が現われ、すぐそばの住居へ侵入し数分後、血まみれで通路に戻って来るという、前代未聞のテレビ中継を見た記憶があるが、あの事件を扱った本である。たしか北野武主演でドラマ化もされていたような記憶があるが。
三冊とも古本屋の百均棚で拾ったが今ではネット上で数千円で取引されているようだ。見つければつい買っていた自分を、よくやったと褒める。