アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1302

狭山事件公判調書第二審4016丁〜】

       「強姦・殺害・死体処理に関する自白の虚偽」⑥

                                                                弁護人:橋本紀徳

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   (五) これを中田家への脅迫状が投げ込まれた午后七時半頃を基準にして検討してもほぼ同様の結論となる。

   中田家へ脅迫状が投げ込まれた時刻は午后七時半頃とされている。仮にこの時間が動かないものとすれば、これより逆算して、芋穴を何時に出発しなければならないか、何時までに死体の逆吊りを終えなければならなかったかを計算してみる。

   当審一回・第二回の検証の結果によると、芋穴と中田家までの距離は、自白どおりのコースとして、約八・二〇五キロであり、この八・二〇五キロのうち、第二回検証調書第一見取図⑮点(東中学校南東約四百二メートルの地点)から㉘点(中田家) までの距離六・五三〇キロは自転車を用いて三十六分を要したとある。

   残り一・六七五キロは芋穴から四本杉、出会い地点、東中学校手前Y字路、教科書・鞄・ゴムひも現場などであり、この間の道路は、あるいは農道、あるいは林道で、一部は自転車に乗ることのできない山中である。⑯点より㉘点までの道路とは比較にならないほど困難な道路であり、これを通行するには、すでに日が落ち、雨の降る状況では相当の時間がかかる。そのうえ、教科書・鞄などの始末をしなければならず、単に距離のみからその所要時間を割出すことはできないが、おそらく二十分ないし三十分の時間を必要とするに違いない。(これ以上要したかもしれぬが、これ以下ということは考えられない。)

   要するに、自白どおりのコースをとり、自白どおりの行動をとったとすれば、芋穴より中田家まではゆうに一時間強の時間を必要とするということである、してみれば、芋穴を出発するのは遅くも午後六時半頃でなければならず、それまでには死体の逆吊りは終了していなければならないということになる。

   殺害時刻は、原判決の認定からすると、午後四時少し過ぎ頃であるから、死体があおむけにされている時間は、午後四時少し過ぎ頃より午後六時半少し前頃まで、おおよそ二時間であり、大目にみても、四時頃より六時半頃までの二時間半となる。

   (六)  このように、自白による限り、死体をあおむけにした時間は一時間半ないし二時間、あるいは二時間半である。

   死斑が生じるに必要な三時間ないし四時間、またその後の体位転換によっても死斑が消滅せず残存するに足りる四時間ないし六時間に到底およばない。

   それにも関わらず、死体背面には、軽度であるがはっきりした死斑が存在しているのである。これは死体が少なくとも三時間以上の長時間あおむけのまま放置されていたことを歴然と示すものである。

   まれな例外として、死後一時間ないし二時間程度で死斑が出現することもあり得るとされてはいるが、前述のとおり、このような死後短時間の死斑は固定的なものでなく、その後の死体の体位の転換により、容易に転移しまた消滅するので、本件の死体のように、あおむけから逆吊りをされ、さらにうつぶせに埋没されるなど、激しく変動を加えられた場合には、たとえ一度は現われた死斑もたやすく消滅してしまうに違いないのである。

   とすれば、このような激変に耐えて、なおかつ明白な死斑を体背面に残したのであるから、この死体あおむけの時間は、とうてい一時間ないし二時間程度では済まされず、三時間ないし四時間あるいは五時間にもわたる長時間でなければならない。

   当審第五十四回公判において、五十嵐鑑定人は死体はうつぶせに埋没される以前、かなり長い間あおむけに置かれていたのではなかろうかとの意見を述べている。こうして死斑の状況も明らかに自白と一致しない。

   ここでもまた自白が事件の真相を述べたものでないことが明白にされているのである。

   死体処理に関する自白の虚偽は、死斑の状況から、死体逆吊りを否定する上田鑑定人により一層暴露され る。この点は、後に、木村弁護人が詳わしく述べるところである。

(続く)

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次回は(七)からの引用となるはずだが、その(七)という項目がなく、一つ飛んで(八)が記載されている。しかし文脈的には問題ないので単なる表記間違いと思われる。

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     ・・・再び押入れの古本整理であるが、中にはこんな本もあった。「ふかふかウサギ」「ふかふかウサギの海の旅日記」である。これらは東村山市の「なごやか文庫」で計四百円くらいで購入した記憶があるが、調べてみるとこれらはそれぞれ数千円で取引されている事実が判明したする。よし。