アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1294

狭山事件公判調書第二審3994丁〜】

         弁論要旨(昭和四十八年十二月更新弁論)

「自白維持と部落差別の問題」⑥  弁護人=青木 英五郎

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   三人共犯の自白が被告の単独犯行に変更されて、それが原審においても維持された経緯は、記録上明らかであるから省略する。被告にその自白を維持させるために警察側の強力な働きかけがあったこと、特に、そのために関巡査部長がまことに重大な役割を果たしていることは、被告の供述ばかりではなく、関源三の証言(当審六回公判)からも十分にうかがうことができる。

   被告は、自白をすれば十年で出してやるという長谷部警視の約束を、死刑判決が下された後までも信用していた。このあり得るべかざる、不可能な約束を被告に信じ込ませる原因となったのが、関巡査部長に対する被告の不動の信頼であった。彼は、控訴審において、少なくとも関巡査部長だけは、その約束を証言してくれるものと信じていたのである(当審三回公判)。

中田弁護人=「今はその約束についてはどう思っているんですか」

被告人=「今でも関さんだけはね、来たらおそらく俺のことを言ってくれると思います。ちゃんと」

   しかし、この信頼は、無残にも裏切られている。

   関巡査部長の被告に対する働きかけは、被告が浦和拘置所に在監の当時から東京拘置所へ移監された後までも続けられている。同巡査部長は、何回となく被告に面会し、金の差入れまでもしていた。証拠とされる被告の関巡査部長宛の手紙十四通(そのうち五通には金の差入れについて謝意が述べられている)と葉書三通から、彼がこの警察官に対して持ち続けていた信頼感を、われわれは、十分に読みとることができるのである。その一部を引用してみる。

  昭和三十八年十一月三十日付の手紙(浦和拘置所から)

『私は関さんには川越にいるときや浦和に来てまでも親身も及ばぬお世話になっていることを涙の出るほどうれしく思っております。それでも関さんを恨む家の者はもってのほかです。私を保護してくれる区長さんや部長さん担当さんもあれほど面倒を見てくれる人はないと感心しておられ、私も有難く思っております。どうか家の者を許してやって下さい』

  昭和三十九年六月九日付の手紙(東京拘置所から)

『ちょうど運動をしておった時、面会の担当さんが、"石川、面会だよ"と言ったので、お父つぁんが面会に来たのですかと聞いたらお父さんではなく"関源三"さんと書いてあるよと言われた時は涙の出るほどうれしかったです。短い時間ではありましたが楽しいひと時でした。本当にありがとうございました。またその折、差入れ金までたびたびして頂き感謝しております。有難く頂戴します」

  昭和四十年七月十八日の葉書(東京拘置所から)

『中田先生から手紙が来て、関さんと絶対に会ってはいけないと書いてあったのです。しかし私はそんなことなど構わないでいましたら、本日、父が来て話すには、弁護士さんに言われたと思うが関さんと会ってはいけない、もし隠れて会ったのが解れば面会に来てやらないと言われたのです。私も日記帳に書き入れなければよかったのにと地団駄しています。しかしあとの祭ですね。また私としては関さんと会って川越にいた頃のことをお話ししたいのですが、そんなわけで私の気持ちをお察し下さい』

   被告にとっては、関巡査部長は親身も及ばぬ面倒を見てくれる、涙のこぼれるほど有り難い、善意そのものの人であった。しかし、少年補導という警察官の立場から、野球を通して知り合ったにすぎない、しかも、野球以外には関わりのない(このことは、被告自身が述べている)一駐在所の警察官が、被告に対して何故それほどまでの厚意を示したのであろうか。われわれはそこに、被告の信頼を裏切る、巧妙に仕組まれた背信行為を見るべきであろう。それが、差別として立証することの困難な背信行為であり、その実体は、被告の自白維持を目的とするものであった。しかも、関巡査部長は、被告に自白を維持させるためのパイプの役割を行なっていたにすぎない。被告を自白させるために同巡査部長がもっとも適役であったのと同様に、その自白を維持させるためにも彼を利用しなければならなかったのである。彼の背後には、被告を無実の罪におとしいれようとする警察権力そのものが働いているのである。

   この事件の本質は、部落差別を巧妙に利用した、まことに悪質な権力犯罪である。全国六千部落、三百万の人々は、それを自らの肌で感じとることができるであろう。われわれもまた「差別される側」に立ってこの事件を見るならば、それが理解されないはずはないのである。

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○青木英五郎弁護人による弁論は以上である。