【狭山事件公判調書第二審3967丁〜】
昭和三十九年(う)第八六一号
被告人 石川一雄
弁論要旨(昭和四十八年十二月更新弁論)
昭和四十八年十二月八日
目次
狭山事件の見方 佐々木哲蔵
自白維持と部落差別の問題 青木英五郎
別件逮捕・勾留及び再逮捕・勾留の違法性 三上孝孜
強姦・殺害・死体処理に関する自白の虚偽 橋本紀徳
逆吊はありえない 木村 靖
自白論 鞄・万年筆・腕時計と自白 宮沢洋夫
自白強要・屈服への経過 阿形旨通
自供調書に存する合理的疑い 山上益郎
物証をめぐる諸問題 ビニール風呂敷、 二本の木綿細引ひも、荒縄について 福地明人
自白論 "自白を強要し、これを維持するため 如何なる手段がなされてきたか" 稲村五男
筆跡をめぐる諸問題 松本健男
足跡及び佐野屋往復経路の諸問題 城口順二
「出会地点」自白の生成と虚偽架空 石田 亨
玉石と残土(死体埋葬現場の客観的状況と 自白内容の矛盾) 藤田一良
まとめ "捜査を批判し、無罪の判決を" 中田直人
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狭山事件の見方
弁護人=佐々木哲蔵
只今から更新手続に際しての意見陳述に入りますが、私としては、狭山事件はすでにこれまでの証拠調によりまして到底有罪に出来ない、無罪判決は当然であるという確信をもって居ります。この確信のもとで「狭山事件の見方」ということで若干、申上げたいと思います。
狭山事件と、これまでの多くの無罪事件とちがう最も特徴的な点は恐らくは石川君が捜査段階だけでなく第一審の公判終結まで自白を続けたという点であると思います。これが少なくとも形の上で石川君を大変不利にしていることは確かであると思います。現に第一審判決は「被告人は捜査機関の取調べだけでなく、起訴後の当公判廷においても一貫してその犯行を認めているところであり、しかもそれが死刑になるかも知れない重大な犯罪であることを認識しながら自白していることが窺(うかが)われ、特段の事情なき限り措信(そしん)し得るものというべきところ」伝々と判断して居るのであります。然(しか)しながら、実は、これは「善枝ちゃん殺しを認めれば十年で出してやる、認めなければ何時までも出られないで殺されてしまう」という警察官の言を信用したという、そして弁護人よりも誰よりも警察官を信用していたという、今どきの普通の若者の常識としては到底考えられないもの、一言にして言えば無知によるものなのであります。
この驚くべき無知、これは、石川君の場合は単に恵まれない環境に育ったという単純な環境論の見地から捉えるだけでは、決して十分な理解は生まれません。これは実は石川君が被差別部落に生まれ育った若者であるという、部落差別の問題として捉えるところに正しい、心底からの理解が生まれるのでありまして、この事情こそ、まさに原判決に所謂(いわゆる)、特段の事情に典型的に該当するのであります。この点については、私に続く青木弁護人によって徹底的に論証されることになって居りますので私としてはこれ以上は申上げません。
ところでこれまでの多くの無罪事件はそれぞれに我々に対して貴重な教訓を残して居りますが、そのうち、例の八海事件、これは寺尾裁判長が、当時最高裁調査官として関与され立派な業績を残して居られる事件であり、私も親しく弁護人として関与した事件ですが、この八海事件は、特に私共に対して、客観的に確信のもてる教訓を残しました。と申しますのは一般の無罪事件の場合、当該被告人はなるほど無罪であるとしても、それでは真犯人は一体誰かという問題が常に社会的には残るのであります。まして、捜査当局側は多くの場合、捜査の杜撰、不手際を伝々し、捜査がよかったら有罪だったというような発表をしたりする、こうした点などから折角裁判としては白になったが社会的には灰色として残るということが社会的事実としてはあるように思われます。ところが八海事件は裁判的にも白であるだけでなく、社会的にも白であることが真犯人吉岡晃の出所後の告白によって明らかにされたのであります。八海事件は白も白、純白の白であったのでありまして、このようなケースはこれまでの無罪事件にはあまり例を見なかったもの、それだけに私共に確信のもてる教訓を残していると申上げる所以であります。
(次回へ続く)
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三月二十日、裁判のやり直しを求めていた石川一雄氏の葬儀が狭山市内で営まれた。参列者の中には、足利事件で再審無罪を勝ち取った管家利和氏の姿があった。この足利事件と呼ばれる冤罪事件もその捜査過程において権力の暴走がなされ、のちに捜査を担当した栃木県警は石川正一郎本部長名で菅家さんに謝罪する内容のコメントを発表し、続き佐藤勉国家公安委員長は閣議後記者会見で、「大変申し訳ないことをした。二度と起きないよう警察を指導していきたい」と、謝罪へ追い込まれた。
この事件では衆議院において以下のような質疑が行なわれている。
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平成二十一年六月八日提出
質問第五一一号
一九九〇年、栃木県足利市で当時四歳の女児が殺害されたいわゆる足利事件で容疑者とされ、無期懲役が確定し、服役中だった菅家利和さんが、女児の下着に付着していた体液のDNA型が菅家さんのものとは一致しないとの鑑定結果が出たことを受け、本年六月四日、千葉刑務所から釈放された。右を踏まえ、質問する。
一 菅家さんが逮捕された当時、栃木県警が実施したMCT118のDNA鑑定技術は、別人で一致する可能性が千人に一.二人と、現在の四兆七千億人に一人というものと比較すれば、その精度はかなり低いものであったと承知する。また報道によれば、そもそも殺害された女児の下着に付着していた体液のDNA型は菅家さんのDNA型と一致していなかったとのことであるが、検察庁として右を承知していたか。
二 一で、検察庁として承知していたのなら、それでもそれを正しい証拠として、菅家さんの起訴に踏み切った理由を明らかにされたい。
三 菅家さんによると、栃木県警に逮捕された後、同県警の警察官により、髪の毛を引っ張られる、け飛ばされる等の暴行を受けたとのことであるが、右は刑法に規定される暴行に該当するか。
四 菅家さんによると、栃木県警に逮捕された後、同県警の警察官により、「白状しろ」「早くしゃべって楽になれ」と言われ、脅しの様な形で自白を強要されたとのことであるが、右は刑法に規定される脅迫に該当するか。
五 菅家さんは、三と四で挙げた暴行、脅迫ともとれる非人道的な取り調べを栃木県警より受け、絶望的な思いの中、自身が女児を殺したとの自白をしてしまったと述べているが、当時検察庁として、菅家さんの起訴に踏み切る際、右の菅家さんが自白に至った経緯を承知していたか。
六 五で、承知していなかったのなら、それはなぜか。
七 五で、承知していたのなら、それでも尚起訴に踏み切ったのはなぜか。
八 いわゆる足利事件において、DNA鑑定と菅家さんへの取り調べのどちらにおいても、検察庁は栃木県警から上げられた情報を疑うことなく鵜呑みにし、起訴に踏み切ったのであり、同県警に対し十分なチェック機能を果たさなかった検察庁の対応には重大な瑕疵があると考えるが、検察庁として右を認めるか。
九 検察庁において、菅家さんを起訴した当時の担当責任者は誰か明らかにされたい。
十 九の者は現在も在職中であるか。
十一 十で、九の者が現在も在職中であるのならば、今次菅家さんが釈放されたことを受け、当時間違った判断をしたことについて、森英介法務大臣はどの様な責任を取らせる考えでいるのか明らかにされたい。
右質問する。
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平成二十一年六月十六日受領
答弁第五一一号
内閣衆質一七一第五一一号
平成二十一年六月十六日
衆議院議員鈴木宗男君提出いわゆる足利事件における検察庁の責任に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。
衆議院議員鈴木宗男君提出いわゆる足利事件における検察庁の責任に関する質問に対する答弁書
一及び二について
捜査段階において実施されたDNA型鑑定の結果、被害者の下着から採取されたDNA型と菅家氏のDNA型が一致し、起訴時、その出現頻度は、血液型検査の結果も加味すると、千人中一・二人であると計算されていたものと承知している。
検察当局においては、当時、DNA型鑑定を含め、収集された証拠を総合的に評価し、菅家氏を起訴したものと承知している。
三及び四について
具体的な事例における犯罪の成否については、捜査機関が収集した証拠に基づいて個々に判断すべき事柄であるので答弁は差し控えたい。
なお、政府としては、御指摘のような事実は把握していない。
五から七までについて
御指摘のような事実は把握しておらず、検察当局においては、当時収集された証拠を総合的に評価し、菅家氏を起訴したものと承知している。
八について
最高検察庁においては、御指摘の「足利事件」に関し、今後の再審請求審等の審理も踏まえつつ、本件の捜査及び公判の問題点につき検証するものと承知している。
九から十一までについて
お尋ねの菅家氏を殺人罪等により起訴した検察官は、既に退職しているが、その氏名を明らかにすることは、今後の捜査活動一般に支障をもたらすおそれがあり、答弁を差し控えたい。