
【狭山事件第二審公判調書3962丁〜】
「第七十三回公判調書」
(前回より続く)
山上弁護人=「例えば、万年筆の発見につきましても、現場で小島証人の尋問を求めています。これは冤罪事件であることを明らかにするものです」
佐々木哲蔵弁護人=「本件では、午後七時半に脅迫状を届けたことになっておりますが、それまでの時間が余り過ぎるのではないかという問題と、出会い地点からあの場所まで、あの白昼、善枝ちゃんが無抵抗でついて行くということが、あの現場の感じから我々はあり得ないという感じを持つ、そういうことを裁判所にも親しく現場でご覧いただくということも大事ではないかと思うわけです。それから、万年筆が発見された時の状況について、あの現場で証人を対質でお調べいただくことが大事ではないかと思うのです。
その他、時計にしろ、鞄にしろ、いろいろ疑問がある。捜査過程の問題として随分疑問があるわけですから、現場を親しく見ていただきたいと思います」
検事=「検察官の証拠申請について、先ほど主任弁護人からいろいろと釈明要求がありましたが、そういう問題は、法廷外で弁護人と検察官の双方で解決できる問題ですから、そのためにもう一回公判を開かなければならないということは、非常に訴訟経済上から言っても好ましくないと思います。それで、本日釈明を求められた事項のうち、調査の上お答えすると申しましたものについては、法廷外で主任弁護人に調査の結果をお知らせする、ということでご了解願えるならば、双方書面で意見を出すということによって、必ずしも次回三月二十二日までにもう一回公判期日が開かれなくても、証拠決定をいただくに可能な状態になると思います」
主任弁護人=「双方で、必要な釈明を書面で行ない、意見を述べるということで結構です。ただし、木綿細引紐や中島いくの調書などは、単に双方だけでやって済むような問題ではないと思いますから、検察官の言われるような理由で書面によることを求めるわけではありません。それから、検察官のほうでは現在の段階で証人の申請ということは予定しておられないのでしょうね」
検事=「それは、書面が不同意になれば書証に代わる証人申請をするのが原則ですが、その点まだご意見が伺えませんし、また、原則通りにやるかどうか未定です」
裁判長=「検察官として、刑事訴訟法第三〇〇条に基づいて取調請求を義務付けられている、被告人以外の者の検察官に対する供述調書はありませんか」
検事=「更めて検討します」
主任弁護人=「弁護人は、今月二十七日までに検証の場所および目的を書面にして裁判所へ提出します」
検事=「検察官は、弁護人から釈明要求のありました『特殊収容者』の意味、動静報告がなされた法律上の根拠、そして、誰がどういう必要により指示し作成されたかという経過を、調査の上、書面により提出します」
検事および主任弁護人=「双方協議の結果、今月二十八日までに双方とも相手方の証拠調請求に対する意見を書面で提出する合意に達しました」
以下余白
*
○ここからは狭山事件公判調書を離れ、平成五年二月九日衆議院において提出された質問とそれに対する答弁を見てみたい。
*
質問第一号
誤判防止に関する質問主意書
誤判防止に関する質問主意書
いわゆる狭山事件、一九六三年五月、埼玉県狭山市でおきた女子高校生殺害事件では、同月二十三日、別件逮捕された石川一雄氏が約一ヵ月間、代用監獄に勾留されたのち自白にいたったが、多くの冤罪事件と同じくこの自白調書の信用性が裁判で争われている。
これまでの冤罪事件も、再審請求で、確定判決において真実とされていた自白調書が信用性がないことが認められ、誤判が明らかになった。多くの国民は、なぜこれほど不自然な自白が裁判においては真実と認定されたのか、裁判官の経験則とは一体何なのかと疑問と不審を感じている。とりわけ、自白の信用性に対する誤った認定のために、三十数年もの「死刑囚」としての獄中生活を余儀無くされた四人もの「死刑囚」が再審において無罪となったことを、政府は重大な責任をもって受け止め、誤判防止のための方策を真剣に検討しなければならない。社会常識からすれば、このような事態は、警察・検察と裁判官全員が重大な責任を自覚せねばならない問題である。しかも、誤判事件はこの「死刑再審」四事件にとどまらず、跡を絶っていない。
このような誤判・冤罪を防止するために次の質問をする。
一 このような誤判がおきた原因は何であると考えているか。また、誤判防止のためにどのような方策を考えているか。
二 ここで、すでに、一九八三年に再審で無罪が確定したいわゆる「免田事件」について尋ねる。
免田氏の自白による逃走経路は、事件現場から高原を通り、免田駅前から人吉城にいたる三十数キロメートルにおよぶものであるが、この逃走経路を踏破した直後とされる時刻に免田氏と会った人によれば、免田氏には、しょうすい、衣服の汚れ等の様子が見られなかったというのであり、このような自白がおかしいというのは、市民常識・私たちの経験則の示すところであると考えられる。免田事件再審開始決定(一九七九年九月二十七日福岡高裁第一刑事部)も、この供述内容の不自然さを指摘し、自白調書の信用性を否定した。しかしまず、確定判決において、なぜこのような自白に基づく事実認定がなされ、死刑判決が出されたのか真剣にその誤判原因を検討する必要がある。
しかも、この再審開始決定に対して、検察官は逃走経路についての自白の信用性に疑いはないとして特別抗告を行っている。なぜ、このような自白に信用性があると固執するのか極めて疑問である。このような自白の信用性判断によって、無実の罪で「死刑囚」として長きにわたって獄中生活を余儀無くしたことは重大な人権侵害である。これについてどう考えるか。
三 元東京高裁判事の渡部保夫氏はその著書「刑事裁判ものがたり」(潮出版)の中で、前記免田事件再審請求における現場検証のような自白のトレースを行うことが重要であると指摘し、みずからがかかわったある事件で、自白のように人間を二人の若者が運べるかどうか最高裁の中庭で実験してみたことを紹介している。
このような自白のトレース・自白に基づく現場検証といった事実取り調べは自白の信用性の判断にとって重要不可欠であると思われるが、どう考えるか。
四 狭山事件再審弁護団は、心理学者の協力をえて、現地における自白の再現実験を実施している。実験に立ち会った茨城大学の山下恒夫氏は、その著書『狭山自白・不自然さの解明』(日本評論社)で、犯人とされた石川一雄氏の自白内容の数多くの不自然さを指摘している。自白のトレースに基づく心理学者の指摘には説得力があると思われる。
前記免田事件再審開始決定は、犯行後の逃走経路が自白調書からは、往路約四時間十五分、帰路約二時間四十五分となるのに、実際には、帰路の方が距離的にやや長く、疲労することから見ても帰路の方が時間がかかるのが当然であり、裁判所が事実調べで行った現場検証でも、往路約三時間、帰路約四時間であったことからしても、二時間四十五分があまりに短すぎることを指摘し、この点からも自白調書が不自然であるとしていることがうかがえる。
同様の観点で、狭山事件の石川一雄氏の自白調書に基づく犯行経路の時間関係を見ると入間川駅から被害者との出会い地点までの約一キロメートルは約一時間半から.一時間かかったことになるのに、出会い地点から犯行現場までの約七百メートルを連行していくのに要した時間は約十分ほどになり、きわめて不自然である。
そもそも、十六歳の女子高校生が見知らぬ若い男に「ちょっと来い」と言われただけで約七百メートルも雑木林の中までついていくといった自白自体常識的に不自然である。
このような常識的に不自然で、時間的にも合わない自白でも検察は証拠とするのか。
右質問する。
*
平成五年三月十九日受領
答弁第一号
内閣衆質一二六第一号
平成五年三月十九日
衆議院議長 櫻内義雄 殿
衆議院議員和田貞夫君提出誤判防止に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。
衆議院議員和田貞夫君提出誤判防止に関する質問に対する答弁書
一及び二について
御指摘のいわゆる免田事件外三事件の無罪判決等においては、自白の信用性の問題を含め種々の問題が指摘されていることを承知しており、これらの事件の結果を謙虚に受け止め、無罪判決等で指摘された事項を教訓として、客観的証拠の収集に努めるとともに、自白の吟味及び裏付け捜査に徹底を期すことが肝要であると考えている。
また、死刑の言渡しを受けた免田榮氏が、再審における無罪判決の言渡しまで拘置されたのは、刑法(明治四十年法律第四十五号)第十一条第二項に基づき、死刑の確定判決の効力としてなされた措置であったが、再審において無罪判決を受けた者がそれまでの間長期にわたり身柄を拘束されていた事態については、結果として遺憾なことと考える。
三について
御指摘の自白のトレースないし自白に基づく現場検証は、自白における犯行態様等を実際に再現することにより、その供述どおりに犯行を行うことが可能であるかどうか等を検証し、自白の信用性を判断するということを意味しているものと理解されるが、自白の信用性の判断は、当該自白に至る経緯の検討、秘密の暴露の有無及び他の関連証拠との対比等種々の方法によって行われるものであって、自白のトレースないし自白に基づく現場検証もその一方法であるが、必ずしも、自白の信用性の判断にとって不可欠なものであるとは考えられない。
四について
御指摘の狭山事件における犯行経路の時間関係については、自白調書の信用性の判断にも関連しており、現在、東京高等裁判所に再審請求事件が係属中であるので、答弁は差し控えたい。