【狭山事件第二審公判調書3960丁〜】
「第七十三回公判調書」
第二、【昭和四十九年二月十四日付弁護人の証拠調請求について】
青木弁護人は(四)の松浦勇太郎について次のように述べた。
「(四)の松浦勇太郎証人は、明治三十六年三月一日生まれで現在、奈良県同和教育推進協議会会長をしております。大正十二年三月奈良師範学校卒業、同年四月奈良県上牧小学校の訓導に就職して、昭和三十六年三月上牧中学校校長で退職されるまで満三十八年間、上牧小中学校で未解放部落出身の教師として、未解放部落を含む小中学校で同和教育の指導推進をして来られました。そしてその間に全国同和教育研究協議会副会長として活動、退職後、現在奈良県社会教育委員および奈良県同和教育推進協議会会長をしております。
この方自身、部落に生まれて、部落差別の体験をつぶさになされている方であります。
以上の証人によって部落差別の実情、それが社会意識の面でどのような影響を与えるか、特に青少年に関してどのように影響を及ぼすかということを社会経済的な面からとらえると同時に、同和教育の面から明らかにすることによって、なぜ石川君が一審の最後まで虚偽の自白を維持させられたか、維持するようになってしまったのかということを立証する予定であります。
裁判所はこれまでのお調べで、本件についてそういう問題が伏在しておって被告人が虚偽の自白を維持したのかということがすでにお分かりになっておれば、私も特にこれらの証人をお調べいただきたいとは申しません。しかし、まだお分かりにならない。私自身これを調べるのに十年かかっております。
社会心理学とか、教育心理学とか、いろいろな心理学の本も見ましたけれども、こういうものでは全然分からぬ問題であります。やはり差別を受けた経験者、しかもその体験を分析して理論的な認識に達している人たちの述べられることを具体的に聞かなければ分からない問題なのです。そういう意味で是非ともお調べいただきたい証人であります」
検事=「弁護人が検察官の証拠調請求に対して意見を留保されましたので、検察官も同様、弁護人の証拠調請求に対する意見陳述を留保させていただきます。若干のものについては意見を述べる用意がございますが、証拠決定が全部的に同時に行なわれるという前提に立って考えるならば、一部についてのみ、今ここで意見を述べるということは格別意味がないと思いますので、後に、書面によって意見を述べることにします」
裁判長=「弁護人は、被告人質問を請求される意思をお持ちでしょうか」
主任弁護人=「請求するつもりでおります」
裁判長=「弁護人は、本日付事実取調請求書中、一の(一)本件各現場の検証について、検証の趣旨・目的・方法および範囲を具体的にどのようにお考えですか」
主任弁護人=「現場はかなり変わっているところもございますし、それから、新しい構成のもとでの裁判所が、従来の証拠調の結果をより正確に理解していただくことを第一の主眼としております。そういう意味では、例えば計測の精密を期すというような検証を求めているわけではありません。井波裁判長の更新が行なわれた時の検証の現場と、当時と多少違うことを明らかにすれば記録の上では一応よいのではないかと思います。ただ、関連場所はすべて見ていただきたいと思います。また、問題点などについて、弁護団のほうからも多少の説明をすることも当然あるわけです。いずれ、書面などで私どもの希望をまとめて提出したいと思います」
裁判長=「これまでに相当の資料もございますし、当時の航空写真なども検討して裁判所は記録を読んでおります。裁判所の構成が変わったから必ず検証から始めなければならないとは必ずしも思っておりません。どういう目的で、どういう範囲でやるのかという関連で決めなければならないわけです」
山上弁護人=「裁判所は現場を見たいという関心をお持ちでしょうか」
裁判長=「私個人は今のところ、見なくてもよいと思っています」
(続く)
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○老生はこの狭山事件を考える時、石川一雄被告人が被差別部落の出身であるから犯人にされたという考え方は除外している。何故ならば、この事件が冤罪ではないかと疑われる要因が証拠品そのものや、その出方にあるからだ。事実、直近の再審請求には万年筆のインクの問題等が取り上げられており、そして、もはや捜査当局側が当時、被告人が部落出身かどうかを詮索したかなど検証のしようがなく、この事件はあくまで残されている証拠品を科学的に突き詰めなければならない事案ではないかと考える。