【狭山事件第二審公判調書3956丁〜】
「第七十三回公判調書」
第二、【昭和四十九年二月十四日付弁護人の証拠調請求について】
(前回より続く)
・・・主任弁護人は同じく、請求書中、三証人のうち(八)小島朝政および(九)石川六造について、
「主たる問題は、昭和三十八年六月十八日の第二回目の家宅捜索の状況を明らかにし、その時、のちに万年筆が発見された勝手出入口の鴨居の場所がすでにその時捜索されている事実をより明白にしようということであります。特にこれは、被告人の自宅の検証を行なわれる際にでも、この両証人は検証現場において対質により尋問されることを希望します」
更に右請求書中、三証人の(十六)三沢弘について、
「三沢証人が行なったという自転車の指紋検出については、その状況を反対尋問といいますか、尋問が保障された公開の法廷における証人調べによって明らかにしたいと思って特に請求します」
同じく(十七)石川金吾、(十八)本田進について、
「いずれも木綿細引紐に関する証人ですが、本日検察官が釈明をなし、新しい主張を行なっていることとどういう関係を持つのか多少考えてみる必要がある問題があろうかと思います。特に本田証人については、中川ゑみ子が、自分としてはそんな紐は知らないと言っていたにも関わらず、一審検証にあたって、中川ゑみ子から聞いたのだと言って指示説明をしているのであって、その辺の真相を明らかにしたいと考えます」
右請求書中、七 公務所照会の(一)について、
「被告人の身柄の出し入れの状況・取調状況・接見・糧食金銭その他の授受状況等を明らかにすることにより、別件逮捕の事実、被告人の自白には信憑性がないことを、より明確にしようとするとものです」
同じく七、公務所照会の(二)について、
「長島少時なる人物が本件当時、狭山市内に実在していた事実を明らかにし、少時をめぐる自白の虚偽性裏付けの立証をしたいのです」
と陳述した。
[山上弁護人]
山上弁護人は昭和四十九年二月十四日付弁護人の事実取調請求書中二、鑑定の(一)ビニール風呂敷について、
「本件証拠物のビニール風呂敷が持つ意味は大変象徴的であり、ある意味では恐ろしさを感ずる程のものであります。と申しますのは、このビニール風呂敷について被告人の供述は右往左往して、止まるところを知らないのであります。このビニール風呂敷の出所は不明でありますが、本件直後に自殺した奥富玄二が結婚を控えていたことや、犯行日が中田善枝の誕生日であったこと、寿・松竹梅・宝船の風呂敷は中田善枝が持っていたものであるかどうか、経験則上、年頃の娘がこういう風呂敷を持ち歩くことは考えられないのであります。
ビニール風呂敷の使用は、逆さ吊りの発想に結びつくものであります。
本件ビニール風呂敷の二角の切断箇所は引っ張り力によって生じたものか、何らかの道具を用いて切断されたものか、あるいは人間の指によって、これは実験の結果簡単に千切れます。その切れ方は重要であります。それから切断面に加えられた力による永久ひずみとしての皺の問題があります。十年の経過の中でいわゆるプラスチシー(注:1)としての弾力が無くなって、皺は戻るものなのかどうかということにつきまして、鑑定として物理的実験になじむという専門家の意見を得ております。私どもは、このビニール風呂敷については、何らの予断も何らの憶測にも基づかず、ただ与えられた条件にのみ、この鑑定についての回答を科学的に求めたいと思うわけであります。そして、これはポリエチレンであるということからして、高分子的な専門家の知識も借りなければならないということから、大阪府立大学工学部:楠井 健 助教授を鑑定人として採用していただくか、あるいは私どもの方で予備的な鑑定を提出させていただくことになるかは兎も角として、このビニール風呂敷をして真実を語らせたいと考えておるわけであります。
鑑定の結果によっては、逆さ吊るしという犯人の発想は根底から覆(くつがえ)る恐ろしさを持ったものがこのビニール風呂敷であるということ、それからこのビニール風呂敷と紐との結び方についても、この実験の結果を借りて数多くの結び方による実験も可能であると考えます」
と述べたほか、昭和四十八年十二月八日付弁護人:中田直人ほか十八名作成の「弁論要旨(昭和四十八年十二月更新弁論)」と題する書面中、百四十二頁の三行目から同百四十七頁十一行目までと同旨の陳述をした。
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(注:1)plasticity
「plasticity」とは
「plasticity」は、物質が形状を変える能力を指す英語の単語である。物理学や材料科学では、物質が外部からの力によって形状を変え、その後もその形状を保持する性質を指す