(今ここで引用している狭山事件公判調書第二審は、埼玉県狭山市の某図書館の郷土資料室でコピーしたものであるが、このコピー一つとっても、事は単純には進まなかった。これはのちに語ろう)
(写真は被害者宅へ投函された、脅迫状と身分証が入っていた封筒であるが、その封緘部分についての鑑定が、下記に引用した法廷記録で明らかにされる模様だ)
【狭山事件公判調書第二審3852丁〜】
「第六十八回公判調書(供述)」(昭和四十七年九月)
証人=大沢利昭(四十一歳・東京大学教授)
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橋本弁護人=「鑑定書の九ページをご覧下さい。最初に表がありその次の部分に『検体封筒封緘部分には』とありますがこれは、アルファベットのAの」
証人=「Aの部分でございます」
橋本弁護人=「それから封筒の予め貼り合わされた部分、というのはBですね」
証人=「ええ」
橋本弁護人=「Cの部分からは如何なる糊が発見されたんでしょうか」
証人=「何も検出できませんでした」
橋本弁護人=「この封筒は三十八年五月一日の事件で使用された封筒ですが、作成された時期はそれ以前だと。それ以前に先ほど仰られた三種混合の接着剤が使用されていた可能性は」
証人=「あると思います。それは業者の話ですが、混合使用していたということを聞きました」
橋本弁護人=「混合使用というのはそうしますと、いつ頃から始められたものでしょうか」
証人=「それについては存じません」
橋本弁護人=「この三つの糊のそれぞれの特性でございますが、まずアラビアゴムというのはどんな特性がございましょうか」
証人=「特性というと物質としてのですか。これは三種とも水溶性でございます。初めのアラビアゴムと澱粉糊はいわゆる炭水化物性のものでございます。三つ目のやつは合成によるものですね、ポリビニルアルコールは。特性と申しましてもいずれも水溶性であるということで、使用されていたわけでございますけれども・・・・・・特性というとどういうことを・・・・・・」
橋本弁護人=「それじゃこの、業者の言葉によりますと再温性の接着剤として先生が仰られた三つの糊を使用すると、ということのようですが、再温性と言いますのは先生ご存じですか、どういう性質を指すのか」
証人=「それは恐らくそれを濡らして接着しうるということではないかと思いますが」
橋本弁護人=「一旦紙に貼付して乾燥しても、のちに湿度を加えると再び貼り合わせることが出来ると」
証人=「はい」
橋本弁護人=「その三つの糊とも、そういう性質を持ってますか」
証人=「はい、持っております」
橋本弁護人=「私、よく分からないんですが、澱粉糊は恐らく歴史が古いものだと思っておりますが、アラビアゴム、アラビア糊というのは日本ではいつ頃から使用されたものでしょうか」
証人=「存じませんが、ずい分古いものではございませんでしょうか」
橋本弁護人=「ポリビニルアルコールというのは、いつ頃から使用されたものでしょう」
証人=「それはいわゆる戦後でございます。第二次世界大戦後ですね。いつ頃になるでしょうか、大体。正確なことは申し上げられませんが・・・・・・」
橋本弁護人=「特に工業的というか、商業的に使用されたのはいつ頃からかは」
証人=「ごく推測で、私は確信がございませんが、昭和二十五、六年からじゃないかと思います」
橋本弁護人=「三つの糊の混合の割合については、先ほど業者の方からは聞けなかったと仰いましたが、先生の考察からしますと、どんな風に混合するのが最も適当とお考えになりますか」
証人=「それは、私、分かりません」
橋本弁護人=「この鑑定のポイントは、予め封筒につけられてあった糊、以外の糊が加わったかどうかということが一つのポイントになっていると思いますが、先生のお考えでは予めつけられていた糊、以外の糊をこの封筒につけたとすれば、それはどこにあらわれましょうか」
証人=「と言いますと」
橋本弁護人=「もしそのことを発見出来るとしますと予め封筒に糊がついていますね、それ以外にさらに糊をつけ加えたとしますと、それは検査結果、どこにどういう風にあらわれましょうか、まず分量は」
証人=「つけ方の分量によりますから」
橋本弁護人=「だから正確なことは言えないかも知れませんが、量の検査をすればある程度の推測は可能になりますか」
証人=「可能だとは申し上げられません」
橋本弁護人=「つまりですね、一般的に市販されている封筒に付着するところの糊の一般的な量、この辺が明らかになれば可能にはなるわけですね、理論上は」
証人=「はい」
橋本弁護人=「この一般的にどの程度の量の糊がつけられているかということについて先生は何か・・・・・・」
証人=「それは定量的な、私は資料を持合わしておりませんから」
橋本弁護人=「そう致しますと予めつけられていた糊、以外の糊が使用されたかどうかということを発見することは先生の検査方法では困難ということになりますか」
証人=「困難です。それと、非常に試料が少ないものですから、私はその点から非常に困難であると判断しました」
(続く)