脅迫状が入れてあった封筒。その表には「少時様」と書かれるもこれは訂正され、その下に「中田江さく」と書き直されている。
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【狭山事件公判調書第二審3827丁〜】
証人=高村巌
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中田弁護人=「ところで別のことを聞きましょう。かなり終わりのほうですが、二〇四四丁に『中』の字に関する説明がありますね。そこをずっと読んでいただきたいんですが、まず第一八七号証の一(脅迫状)の中の『中』字の特徴をずっと出しておられて、その次に『これに対し、被告庶石川一雄から内田裁判長宛の手紙中の"中"字は第一画が右下方に向かって斜線状に書かれている点、前記のものと僅かに相違するが、第二画転換部以下を左下方に向かって書いている運筆形態は類似し、第三画及び第四画の運筆も第一八七号証の一の内容のものと共通するところが認められる。但し、封筒のものとは運筆形態を異にするところが認められる』と、この封筒のものというのは一体何を指しておられるのですか。と言いますのは、ここでは最初に脅迫状における『中』の字の特徴を出して、次に内田裁判長宛の手紙の『中』の字に触れておられるわけでしょう」
証人=「はい」
中田弁護人=「その際の封筒のものと言われるところが、その内田裁判長宛の手紙の封筒には『中』という字がないんですよ。だからその封筒というのは第一八七号証の一の脅迫状の封筒という意味ですか」
証人=「そうです」
中田弁護人=「その場合に、運筆が違うというのは第2図に載っている『中』という字と封筒の『中』が違うという意味なのか、それとも封筒の『中』が内田裁判長宛の『中』と違うのか、どっちの意味なんですかな」
証人=「それは内田裁判長宛の『中』とも違うし、それから、この内容の『中』とも運筆が違った書法で書いてあるということを言っているわけです」
中田弁護人=「そうすると、今までのことを総まとめしますと、脅迫状の封筒に三つ書かれている『中』という字の運筆は、脅迫状そのものの『中』とも違いがあるし、内田裁判長宛の手紙に書かれている『中』とも運筆形態を異にすると、こうなるわけですね」
証人=「そうです」
中田弁護人=「そうすると、『中』だけに限ってですよ、それから直ちに私は結論をあなたから聞き出そうとは思いませんが、封筒と、封筒の中身であった脅迫状とは、違った筆者によって書かれたということも可能性としてはあり得ますね」
証人=「それも一応考えてみたわけです。その『中』という字を見る限りにおいてはですね」
中田弁護人=「『中』という字を見る限りにおいてはそういうこともあり得ますね」
証人=「そうです」
中田弁護人=「あなたは鑑定書の最後のほうで、当て字のことについて触れておられましてね、その当て字というのは脅迫状を書いた人がその字を知らないために当てたのではないという趣旨で言っておられるんですがね」
証人=「はい、それは当て字というものは知らないために書く場合もありますし、それから知っていても、癖で書く場合もありますし、それから故意に当て字を使う場合もあります」
中田弁護人=「そこであなたとしては、たとえば『車出いくから』と、『で』を『出』という字を当てているのは、筆者が『で』の文字を知らないのではなくて、他のところでも『て』の文字を使っているから、『車で』の『で』を『出』と書いたのは、わざと当てたんだという風に読めるように鑑定書では書いておられるんですがね」
証人=「わざと当てたかもわからないという考え方ですね」
中田弁護人=「その程度ですか」
証人=「はい」
中田弁護人=「あなたの結論を無理に伺うわけじゃないけれども、どちらかと言えばどうお考えになります」
証人=「それはわざと当てるというよりも、やはりそういう『で』を『出』と書くやはり習慣があったかも知れないしですね、それから、あるいはまた反対に故意に書いたかということも考えられるわけです。こいつは分からんわけですよ、こういう状況的なことはね」
中田弁護人=「あなたとしては結論は分からんと」
証人=「ええ、こういうことは鑑定人はあんまりこだわらないほうがいいわけです」
中田弁護人=「だけどあなたはあんまりこだわらないと言われるが、『警察』を『刑札』と書いたことなども挙げておられるし、『き』という字に『気』を当てたのもいろいろ挙げておられるので、この時はやっぱりこれはむしろわざと書かれたものだという印象を強く持ったんじゃないんですか。わざわざあなたは先ほどから長くなるから圧縮したんだと言われるのに、あんまり重要でないこともわざわざ書く必要もないでしょう」
証人=「いや、それは全然重要でないとも思いませんが、当然この点は疑問を持たれることだと思ったものですから、ここに簡単に書いたわけです」
中田弁護人=「とするならば、当て字を用いたという風な可能性をもやっぱり指摘しておく必要があると、あなたとしては考えられたわけですね」
証人=「そうですね」
(続く)
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○ここで言う脅迫状とは、金銭を喝取するためその対象となる相手を恐れおののかす目的で書かれる文書を指すが、その性質から言って、決して警察に捕まらずに金をせしめるという目的である以上、脅迫文は5W1Hを踏まえ書かなければその要求内容は相手へ正確に伝達出来ないと思われる。本件においても当て字などにこだわっている場合ではないはずなのだが、この昭和時代に起きた事件にまつわる脅迫状を見ると、今言った意見は通じないことが認められる。
たとえばこの府中三億円強奪事件の脅迫状(文)や、
グリコ森永事件の犯人による挑戦状などを見ると、本来の目的外である情報をかなり盛り込み伝達している。必要最低限の情報伝達を超えたそれらを読む時、少なくとも犯人の脳が何を主張したいのかがちょっとだけ読み取れるのである。