【狭山事件公判調書第二審3823丁〜】
証人=高村巌
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中田弁護人=「あなたは別の事件の鑑定をされた時に大変いいことを言っておられるんですよね。いろいろな特徴というのは、指の運動範囲、筆圧、神経と肉体の協力の度合いによって習慣的に固定される結果起こる、こういうことをどこかで言われたことは覚えておられますか」
証人=「あるいは言ったかも知れません」
中田弁護人=「まあ私も抽象的に言えば、そういうことになるんだろうと思うんですがね、『な』の字について今のような特徴が出てくるとすれば、今のようなその指の運動範囲とか神経と肉体の協力の度合いなどについて、どういう法則的なものが導かれるかということをあなたとすれば当然持たれた関心でしょう」
証人=「ええ、関心は持ちました」
中田弁護人=「しかも筆跡鑑定をいかに科学的たらしめるかということで、あなたは特にこのところ努力してこられたんだと言っておられましたね」
証人=「そうですね」
中田弁護人=「今のようなことについて具体的にどういう努力をされたんですか、たとえば『な』の字なら『な』の字がなぜ第三筆以下に特徴が出てくるのか」
証人=「『な』の字についてはまだそれはやっておりません。まだやることが沢山あるわけですから」
中田弁護人=「そうすると、『な』の字については、三十年ほど前になさった実験から得られた経験的結果だけで考えておると、こうなるわけですね」
証人=「そうです」
中田弁護人=「ところでしばしば問題になることですが、あなたは潜在的個性ということを非常に重要視しておられるわけですね」
証人=「はい」
中田弁護人=「あなたの鑑定方法の最大の特徴とも言えることですか」
証人=「いや、そんなことはないですね」
中田弁護人=「あなたは潜在的個性ないしは潜在的筆致という言葉を使われたこともありますね」
証人=「あります」
中田弁護人=「潜在的個性、潜在的筆致というものは同じことですか」
証人=「潜在的筆致と潜在的個性はだいたい筆跡の場合は似たようなことになりますね」
中田弁護人=「あなたの言われる潜在的個性というのは、人が真似をしようとしても中々真似の出来ない、そういうものが長い間には出来ているんだと、こういうことでしょう」
証人=「まあ、そういうことになりますね」
中田弁護人=「そのことがあなたの鑑定を権威あらしめ、科学的たらしめる大きな特徴になっているんじゃないんですか」
証人=「さあ、そんなことはないと思いますが」
中田弁護人=「あなたは潜在的個性を見つけることによって、鑑定は九十パーセント以上正確なものになるということを言われたことはありませんか」
証人=「そんなことを言った覚えはないですがね」
中田弁護人=「前にもちょっと聞かれたことですが、坂本ヒサオという被告に対する誣告事件(注:1)の鑑定をなさったことがありますね」
証人=「ええ、あります」
中田弁護人=「その記録の中であなたは筆跡鑑定の信頼度は九十パーセントを落ちないと仰ったんですが」
証人=「それは潜在的個性ということを言っているんじゃなくて、鑑定のことを言ったわけですね」
中田弁護人=「しかしその当時あなたは潜在的筆致という言葉を使っておられるんだけれども、潜在的筆致をどう見るかということに関わっているくだりなんですよ。そして更にあなたは潜在的筆致とは指紋ほどにはいかないけれども、それに近い、とまで言っておられる。あなたはそういう確信を持っておられたんじゃないんですか」
証人=「今でも持っております」
(続く)
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注:1 =誣告(ぶこく)事件とは、他人に刑事や懲戒のの処分を受けさせる目的で虚偽の告訴や告発をする犯罪であり、虚偽告訴罪とも呼ばれ、刑法第172条に規定されている。