(脅迫状の『ま』の字)
(石川被告の書いた上申書の『ま』の字)
(同被告が脅迫状を手本に練習させられたのちに書かされた文章の『ま』の字)
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【狭山事件公判調書第二審3819丁〜】
証人=高村巌
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中田弁護人=「さっき私28図から30図までの『ま』の字の時に、この字についてあなたは傾斜度を計っておられると言いましたが、傾斜度はこの字については計っておられないんですね、傾いているということは言っておられるけれども」
証人=「いや、これは実際には計るんですよ。一応計るけれどもここに書いてなかったですか」
中田弁護人=「角度は書いてないです。あとで調べられる『た』の字の第二筆については計っておられるんですがね」
証人=「・・・・・・・・・」
中田弁護人=「そうすると、あなたはたとえば『ま』の字であるとか、『よ』の字などについては不安定な形だという表現をとっておられるんですがね、つまり上が広くて下が狭いとかね。それから縦の線がある傾斜を持つとかいうようなことだろうと思うのですが、一つ一つについては実際には角度などを計っておられるわけですか」
証人=「計っております」
中田弁護人=「ある字が、たとえばこの『ま』の字のような縦の線のように一定の傾斜をとると、それが同一人の多くの字に見られるという時には、異同を判断する上でかなり大きなウエイトを持つ事柄ですか」
証人=「それが必ずしも大きなウエイトを持つということには限りませんですね」
中田弁護人=「『た』の字について特に傾斜を、角度を示されたのは何か意味があったのですか」
証人=「特に意味があるわけではなくて、その鑑定書を作る上に『た』の字の角度をそこへ書いたんじゃないかと思いますが、全部書いておりますと、鑑定書が非常に長くなりますんで、『た』の字だけに限ったんじゃないかと私は今考えるんですけれども、検査の過程においては全部調べておるわけです」
中田弁護人=「全部というのは、どの字についてもということになりますか」
証人=「いや、ここに挙げております字についてですね、傾斜のことを伝々言ってる字については傾斜のことを言う限りにおいては角度を調べてからでないとそういうことを言わないわけですから、何しろ三ヶ月近く調べたものですからね」
(続く)
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○法廷では検察、弁護人ら双方が権威ある識者による鑑定をぶつけ合い、それぞれの正当性を訴えているわけだが、ここで一度、同一人物が書いたと裁判所が認定した書面を見て見よう。
昭和三十八年五月一日、中田家に届けられた脅迫状。
同年七月二日、石川被告が書いた脅迫文。ただし、これは被告が逮捕されたのち、脅迫状を手本に練習させられ書いたものとされる。
二枚の文章が同一人によって書かれたものかどうかは現物を見れば一目瞭然であり、素人目には完全に別人物が書いたとしか思えない。さらに言えば、同一人物が書いたとしても、五月一日前後に書かれた脅迫文が、二ヶ月後にはえらく幼稚な印象を受ける文へと退行している事実は、これこそ説明が必要であろう。