【狭山事件公判調書第二審3817丁〜】
証人=高村巌
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中田弁護人=「少なくともあなたが作られた拡大写真で見る限りひょっと見た感じでは明らかに違いますね」
証人=「これは太さが違いますから、そうですね」
中田弁護人=「しかしたとえば『か』の字の第7図で言えば、確かにあなたの鑑定書に書いておられるように第二筆の始筆の部分に力が入って、徐々に力が抜けて、すーっと細くなっている」
証人=「そうですね」
中田弁護人=「ところが、8図、9図ではそういう風に徐々に力が抜けているとばかりは必ずしも言えない、むしろ終わりのほうが太くなっていると、そう言えますでしょう」
証人=「言えますね」
中田弁護人=「そう言えるのに、どこに違いがないんですか」
証人=「言えますけれども、その違いがないというのは止まっているか、止まっていないかという問題です。あなたは今、止まっていると仰いましたが、これはこちらは止まっている、こちらは止まっていないと仰ったが、一方が止まっていて、一方が止まっていないということは言えない。これはどちらも同じ形態で書かれているということを私が申し上げたわけです」
中田弁護人=「目で見る限り今のような違いがあるわけですね」
証人=「あります」
中田弁護人=「その違いは、たとえば筆圧による違いなのでしょうか、筆勢による違いなのでしょうか、それともやはり私自身が考えるように止まっているか、止まっていないか、の違いでしょうか。その辺はどうでしょうか」
証人=「ちょっとそうですね」
中田弁護人=「違いがあることはあなたもお認めになるでしょう、いくつかの字に常にそういう特徴があるんですよね」
証人=「これは特徴と言えますかね。まあ、あなた方は特徴と仰るかも知れませんが、こういうのは特徴とは私は言えないと思うんですが」
中田弁護人=「それじゃその28図と29図30図をご覧下さい、あなたはここで『ま』の字について傾斜を問題にしておられる。まあ傾斜を問題にしておられる数少ない字の一つなんですが、この場合の特に第28図と29図というのは、見た目にも違うでしょう。あなたも言われた、第29図のほうは終筆が右下の方向へ下がっている」
証人=「ええ、そうです」
中田弁護人=「ところが第28図のほうは、すーっと右上のほうに伸びていますね」
証人=「ええ」
中田弁護人=「第30図はどうですか。その第三筆の終筆はどうなっているんですか」
証人=「これは上のほうに向かっていますね、多少」
中田弁護人=「そのまあ線の細さなり、あるいは止めたか止めなかったかという点ではどうですか。28図と30図の違い」
証人=「これは止めてはいませんけれども、太く上のほうへ向かっていると思います」
中田弁護人=「だから、すーっと力を抜いて細くなるのと、太くなるのとは違いはどこから生まれてきているのかと、あなたはご覧になりますか。あなたはそこでの特徴として右上へ向かっているということを挙げられるが、見た目で確かに終筆の部分が細くなっている、太くなっているだけでも特徴があるのに、第三筆の終筆が一つの特徴として挙げておられるんです。29図は違うけれども、その三筆が終筆が右上へあがっていることを特徴としておられるのに、終筆の違いに触れられないのはなぜかと思うから私は聞いているのです」
証人=「これは上がっておってもその次に書く文字によって終筆が下に向くことがたまたまあるわけです。それは印刷の字と違って人間は手で書くわけですから、その次に移る動作によりまして、下のほうへ向かったりすることもたまにはあるわけです。で、これを違うと言っておったのでは鑑定は成り立たない、印刷字でございませんので、いついかなる時にも同じような形態に現われるとは限りません。したがってですね、こういったようなことがたまにはと言うよりも往々にして現われてくるというのは常識として考えていただきたいと思います」
中田弁護人=「それは分かりますが、その線の太さ細さではどうなんですか。私が一番問題にしているのは、線の細さ太さなんです」
証人=「私はこの前に検査した後、記録をまた(原文ママ)見ておりませんし、だいぶ昔のことで忘れておりますが、恐らくこれはペンの相違だと思います。用筆が違うんだと思います」
中田弁護人=「ですから私が最初に外観的検査をなぜしなかったかということで伺った用筆用紙の違いの問題が、あなたは恐らくだと言われて、あなたは鑑定人なんですから、あなたの答えられることは、私は恐らくあなたを褒めるつもりはないけれども、権威あることになるんだから、用筆用紙の違いだと言われるならば、なぜそういう違いが出てくるか説明していただきたいんです。今いくつかの字を指摘しましたね、脅迫状のほうはかなり、すーすーと力が抜けているように見えるわけです。同じ字が私は止まっているように見えるが、あなたは止まっていないと言う、それはいいです。しかし線は少なくとも細く徐々に力を抜くという形にはなっていない。これが用筆用紙の違いによるならば、それを説明していただかないとこの違いは納得出来ないんじゃないんですか」
証人=「それはしかし、それほど具体的なそのことを要求されるとは思っていなかったわけです、私は。結論的に正しければいいという考えでやっていましたから。で、鑑定というものは、こうしてその証人を呼び出して聞いていただけばいいのであって、これを一々全部書いておりますと、非常に長くなるんですよ」
(続く)