(老生の手持ち資料には当然、高村巌(鑑定人)が作成した鑑定書があるわけなく、図面等をこの場へ掲載することは出来ず、尋問内容を完全な形で把握することは不可能である。しかし脅迫状のコピー、被告人の上申書のコピー、及び脅迫文を練習させられた後に書かされた文章のコピーなどの資料は用意できているゆえ、尋問内容に該当する図面や写真があれば適時掲載をしてゆきたい)
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【狭山事件公判調書第二審3811丁〜】
証人=高村巌
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中田弁護人=「前回も伺っていることですけれども、一体どういう字がどの程度使われているかといったようなことも当然お調べになるわけでしょう」
証人=「それも調べますね」
中田弁護人=「被検文書ないしは照合文書に同じ字が多く用いられておればおるほど比較対照には正確度が高くなるということは一般的に言えるでしょう」
証人=「そうでございますね」
中田弁護人=「そうすると、サンプリングにあたってはなるべく多い字から調べていこうという風にするんでしょうか」
証人=「いや、そうとも限りませんけれども、多い字を調べるということには限っておりませんで、沢山使われておりましても特徴が出ていないと、それはあまり使えないんじゃないかと思います」
中田弁護人=「しかし同時にまたお互いに一字くらいしか使われていないものに、仮に特徴らしきものを発見したとしても、それでは同一、相違を見つけることは非常に危険ですね」
証人=「そうです、その通りです」
中田弁護人=「ところで、あなたが鑑定された文書に用いられている文字なのですけれども、あなたがたとえば一番最初に"か"という字について分析しておられる。なぜ"か"が一番最初になったかについてはどうもよく分からんという趣旨のことを言っておられるんですがね、"か"の字の数を調べますと、脅迫状が十字で、中田江さく宛の手紙は五字で、内田裁判長宛の手紙は一字なんですよね」
証人=「はあはあ」
中田弁護人=「これは私が調べたんですけどね」
証人=「ええ」
中田弁護人=「"い"という字があるんですが、この字は脅迫状に十字、中田江さく宛の手紙に十三字、内田裁判長宛の手紙に六字、はるかに"か"の字よりは多いんですけれどもね、あなたは"い"の字は調べたと、しかし重要な特徴はなかったんだと、こう終わりのほうに書いておられます」
証人=「はい」
中田弁護人=「そこで少し"い"の字について聞きたいんですがね、(当審記録十四冊二〇二三丁裏の第二図及び、二〇二四丁裏の第4図、及び二〇二五丁裏の第6図を示す) 第二図のほうには十の"い"の字があるんですけれども、私がざっと見たところ、この"い"の字にはやっぱりある特徴があると言えるんじゃないかと思うんですがね、たとえば第一筆が真っ直ぐか、または、やや左下のほうへいってる」
証人=「・・・・・・真っ直ぐか左下のほうへいってると言いますと」
中田弁護人=「左のほうへ」
証人=「傾斜しているということですか」
中田弁護人=「ええ、そういう特徴がありませんか」
証人=「これは何か、何行目かに一つ、左下のほうへいってるのがございましたですね、八行目ですか」
中田弁護人=「それが十のうち半分くらいあると私は見たんですがね」
証人=「いや、そうですかな」
中田弁護人=「第四図を見て下さい。内田裁判長宛の手紙のほうはいずれも右下のほうへ第一筆は、向かっていませんか」
証人=「向かっていますね。四行目のものはそうではありませんね、ほかのものは大体少し右のほうへ向かっている傾向があります。四行目のものは大体真っ直ぐにいってると思いますがね」
中田弁護人=「それは拡大してみますと、まあ私自身は現物を拡大していませんからあれですが、その写真によって拡大してみる限りではちょっと上のほうがかすれているものですからね、真っ直ぐのように見えるんですけれども、実際にはかなり右へ入っているんですよ。引き伸ばしてみると。かなり右下へ進むという特徴をもっていますね。その同じことは第6図の第20号証の1の"い"の字にも見られるのですがね」
証人=「それはどこでございますか」
中田弁護人=「"い"の字の第一筆の終筆が右下のほうに向かうということです」
証人=「独自に右のほうへ向かうということですか」
中田弁護人=「はい。そう言えますね」
証人=「いや、言えません。これは十二行目の一番最後に書いてある"い"の字は、左のほうへ向かっています。大体右のほうへ向かっているのが多いようでございますね、お説の通り」
中田弁護人=「つまり傾向としては右のほうへ向かっている」
証人=「ええ、そうです」
中田弁護人=「まあ私なりに見たところそうなのですが、この数がかなり多い"い"の字を異同の対象として選ばれなかったのは、字画が少ないからですか」
証人=「まあその中田弁護人は非常によく研究されまして、まあ私はこれくらい立派な弁護人はいないと思います。で、私は何かあったらあなたに弁護していただきたいと思うくらいですが、何ですね、この、筆跡鑑定では、ことに平仮名の場合には、なるべく字画の多い字、特徴の出る字を使うわけです。ここには書いておりませんけれども、マークする字があるんです。で、この"い" の字はですね、ほかにない時は使うこともありますけれども、ほかにマークする字がありましたならば、そのようなマークする字を使うわけでございます。で、これも、この"い"の字を使わなくても、もっとマークの出来るいい字があるんで、たとえば今のお説のように見ていきますと、第6図の中にこの十行目ですか、この中に一つだけ左へ向かう字がありますように、左へ向かう字が一つでもありますと、これは全部がこの特徴であるということは言いきれないことになります。そういう傾向が多いということは言えますけれども、そうすると字数が少ない時に、たまたまそういうような、その、左か右かにふれる字がありました場合に、間違いを起こすということになりますので、そういったような文字はなるべく使いたくないというのが一般の鑑定人がこういうことを主としてやっている理由なのです」
中田弁護人=「ところがその場合の、あなたが字数が少ない場合と言われたけれども、その字数はおよそ何字くらいあればいいということは言えますか」
証人=「それは多いに越したことはございませんがね」
中田弁護人=「たとえば今の場合は、十字から十三字の間だけども、十字ではだめと、こうなれば二十字ならいいということは言えますか」
証人=「それは多いほうがいいと思います」
中田弁護人=「何字以上あれば、いわば比率みたいなことで言えるんでしょうか」
証人=「そういうことはこの印刷の字のように人間の書くものですからね、ですからやはり微妙に、書くたびに多少違うと思いますので、その、何字がいいということは言えないんじゃないですか」
(続く)
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○引用中の尋問を理解するには公判調書をよく読み、掲載した写真から該当する字を見つけ、再び公判調書を読み解く以外、手立てはない。一般人には高村巌氏の鑑定書や、石川被告が書いた中田栄作宛ての手紙、さらには裁判長に宛てた手紙などはその資料が入手困難であるからだ。