アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1224

狭山事件公判調書第二審3783丁〜】

   昭和四十七年九月十二日  東京高等検察庁検察官:山梨一郎による証拠の取調べ請求、その第三。

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第三、  「上申書類」

1、確認上申書。ただし、昭和三十八年五月五日、中田健治作成のもの。

   ○立証趣旨:芋穴から発見されたビニール風呂敷一枚が被害者のものであると確認したこと。

2、答申書。ただし、昭和三十八年六月二十七日付、中川えみ子作成のもの。

   ○立証趣旨:被告人の自供の裏付けとして尋ねられたのに対し、木綿縄については入間川へ引越す前、吉祥寺に住んでいる時、軒下の干物用に使用していたことは間違いないが、入間川へ引越してからは、その縄をどこに置いたかはっきり覚えていないので、盗まれたか盗まれていないのかはっきり言えない旨答申したこと。                                                                            以上

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○この山梨一郎検察官による証拠調請求書に目を通しただけでも様々な捜査上の書類が作成されていることが分かる。弁護団が求めている証拠類の全面開示が行なわれた場合、その全証拠の総量は相当なものになろう。ちなみに先日、トランプ米大統領ケネディ暗殺事件に関わる機密文書を全面開示すると述べたが、その量は六百万ページに及ぶといい、専門家が読んだとしても二、三年は時間を要するという。なんとか生きているうちにこの暗殺事件の真相が知りたいものだ。

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【公判調書3792丁〜】

                      「第六十七回公判調書(供述)」

証人=新井千吉(五十八才・農業)

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裁判長=「あなたは前に浦和の裁判所で調べられたことがありますね」

証人=「はい」

裁判長=「その浦和の裁判所で証人に出たのは何月頃だったという記憶ですか」

証人=「そういったことは頭、痛めたもので、いつ頃か分からなくなりました」

裁判長=「一度だけですか」

証人=「ええ」

裁判長=「警察とか検察庁で調べられたことはありますか。家ででもいいですが、向こうから来て」

証人=「はい」

裁判長=「一度だけですか」

証人=「幾度かみえたでしょうねぇ」

裁判長=「調べられて調書取られたことは一ぺんでしょうか」

証人=「調書というのは畑で聞かれて書かれたと思いました」

裁判長=「家に来たんじゃなくて畑に来たんですか」

証人=「そうだと思いました」

裁判長=「家に来たことはない」

証人=「来たことありますけれども、何か聞かれて帰られたと思います」

裁判長=「警察官ですね」

証人=「ええ、そうです」

裁判長=「あなたの畑で調べたと」

証人=「ええ、幾度か調べられたもので、どうも、長いから、もうはっきりしないです」

裁判長=「家に来たこともある」

証人=「それは幾度もありますよ。畑でもあるし」

裁判長=「裁判所では一度ですね。何月頃だったか覚えてないですか」

証人=「そうですねぇ・・・・・・」

裁判長=「あなたは現在のところにいつ頃から住っていますか」

証人=「今の住所に生まれた時からです」

裁判長=「その頃から農業をしている」

証人=「ええ、そうです」

裁判長=「農地のある場所は変わったことがあるんですか」

証人=「たまたま、今のジョンソン基地に畑を取られたり、前海軍に行ってた時に山を取られたりして段々減ってきたんです」

裁判長=「現在耕しているところは、昔から耕しているところだと」

証人=「はい、そうです」

裁判長=「今、どれくらい農業やっているんですか」

証人=「家を貸して、農業は少ないんですけれども九反くらいでしょうか」

裁判長=「この事件の時にあなたのお待ちになっていた場所から被害者の死体が発見されたということは知ってますね」

証人=「ええ」

裁判長=「その近所に畑がありますね」

証人=「すぐ下にもありました」

裁判長=「そこを耕やすようになったのはいつ頃からですか」

証人=「そうですねぇ・・・・・・戦争前から耕しているところですから」

裁判長=「そうするとこの事件は三十八年の事件ですね、その時からみると戦前という記憶ですか」

証人=「そうですね」

裁判長=「そこの畑の面積はどれくらいですか」

証人=「その当時は全部で正確に言いますと六反九畝何分と言いましたね」

裁判長=「その現場の畑は」

証人=「ええ」

(続く)

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○証人は、ジョンソン基地に畑を取られたり、海軍に行っていた時に山を取られ、(所有地が)段々減ってきたと述べている。これはもしや接収という形であったのかどうか、またその場合には国から対価が払われていたのか、気になるところだ。