【狭山事件公判調書第二審3728丁〜】
(前回より続く)
(e)本件文書の文字との関連で、当て字(借字)に該当するものがあるか。なお、いわゆる当て字の意義について。
○通常、当て字は漢字で書くべき言葉であることが意識され、しかもその漢字が思い出されない場合に用いられる場合が多い。
しかし、本件文書中の当て字は、助詞「で」に「出」、「はなし」(話し)を「はな知」、「かえって」(帰って)を「か江て」、「来なかったら」を「気名かったら」・・・・・・のように、当然仮名で書くことが明瞭な場合に漢字を当てているのが特色である。
(で→出)
(はなし→はな知)
(かえって→か江て)
(来なかったら→気名かったら)
また、漢字「知」を「チ」の音に当てず「シ」に当てて用いることは、「知る」を意識して用いていることを示している。
(f)本件文書の文章表現上の特質について。
○必要な用件が順序を追って記述されており、全体として正しくまとまっている。
段落の区切りも妥当であり、重要な箇所については文字を大きく書き、取立てた記述になっている。
「二十万円」とせず「金・・・」を付していることも正しい金額表記である。
訂正箇所の少ないことから考えても、一気に書き上げられるだけの文章構成力のあるものと考えられる。
(g)本件文書作成の為使用されている漢字・平仮名の使用方法、文章構成のあり方を分析することにより、筆者の読み書き能力を推定することができるか。
○推定することは可能である。
1、訓読みの語幹の読みは想起しにくいにも関わらず、それを当てていること。
2、「刑」・「札」等、日常生活の中に使用する頻度の少ない(書きことばとして)漢字を使用していること。
3、文章構成が整っていること。
要点となる部分について、繰り返し、さらに大きく書き分けていること、などの点から読み書き能力もかなり高く、日常、書くことの場を持っているものと推定できる。
(h)昭和三十八年五月二十一日付の石川一雄作成の「上申書」と本件文書を比較した場合、表記・表現上、指摘さるべき著しい差異を指摘することができるか。
○次のような差異を指摘することができる。
1、それぞれの行が、右の方に書き進められるにしたがって下降していること。本件文書にはそれが見られない。
横書きに書き慣れていない場合、速書きの能力がついていない場合、右下がりになる傾向になる。
2、本件文書の文字が、終筆が「はね」(例えば"す""ん""り"その他)の部分が、速書きによって勢いよくはねられているのに対して、上申書の場合は、終筆の部分がほとんど止められている。
このことは、「語や文として書く」ということの不慣れと、一字一字を意識して書いていることを表している。
3、本件文書が、段落の行替えをとっているのに対して、上申書は段落をとらない、いわゆる「べた書き」になっている。
4、本件文書が、句読点(特に句点)を明瞭に付されているのに対して、上申書にはそれがない。
5、本件文書に用いられている「出」「気」に当たる文字が上申書にも多く出てくるが、すべて平仮名書きになっている。
「刑札」についても同様である。
(続く)