「鑑定資料(一)」
「鑑定資料(二)」
【狭山事件公判調書第二審3723丁〜】
「鑑定書補遺」 ②
「『文字の異同識別』の項において、説明しきれなかった項について茲(ここ)に補遺を附する」の続き。
(二) 鑑定資料(一)と鑑定資料(二)の(一)"上申書" とについて述べよう。
前者には横書きに習熟した筆致が見られる。すなわちかなりの速書である。また書線にも筆勢がうかがえる。一文字を書く際に文字の傍の方に力を抜いてあるのは、次の文字を書く為の自然的な心理的準備であり、次の文字への移行をあらわしているものである。各文字の終筆が力を抜ききっているのは、硬筆書写に経験のあることを見せている。
ところが後者には筆勢が認められない。ようやく知っている漢字の形を一字一字書き上げたという風である。これは文字に関する知識が極めて低いことを示す。書こうとする字形をやっと書き上げた書き方であるから自然線上では右へ傾いてくる。書き慣れた者はやや右肩が上がるように書く。一文字を見る際、筆勢に復急遅速の変化が認められないのは一字一字を辛うじて書き上げたものと考えられる。一字一字については補遺の(一)において述べたが、筆跡鑑定において肝要なことは、一字一字の部分的鮮明も大切であり、必須な手段の一つであるが、綜合的全体的な把握は欠くべからざる要件であることを附論する。
昭和四十七年七月二十日 綾村 勝次
(続く)