【狭山事件公判調書第二審3722丁〜】
綾村勝次による鑑定
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「横書きの問題」
先ず特殊な書き方である。小学校以上の教育を受けた者であり、または事務的な仕事に日常関係している者の書きようである。あまり日常書き慣れていない者であれば縦書きが一般的であると言える。
一般に書き慣れた者が書く時は、早く書く為に少し右肩が上がるものである。それは罫が引いてあるなしに関わらず少し右肩が上がるものである。書き慣れない者が書くと、横線に注意して文字の下が線上には来ない、つまり文字が浮くのである。熟練者が書くと下の線が揃う。たとい拙い文字で書いても文字の行が一線に整うて見えるものである。鑑定資料(一)の例がそれである。
鑑定資料(一)
また書き慣れた者は書き出しの所を一字ほど開けて書く。初心者は始めから頭を揃えて書くものである。これは鑑定資料(一)とその他の鑑定資料と比べて明白である。
全字の書き出しと第二画との間が開いているか閉じているか、この区別によっても両者の手癖の相違が明白である。
つまり鑑定資料(一)と他の鑑定資料の筆跡は明らかに別人の手によって書かれたものである。
以上の文字の異同弁別については鑑別資料の部に掲げたものを基として鑑定した。
これを以て鑑定を終わる。
昭和四十七年七月二十日 綾村勝次 印
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○綾村勝次の鑑定結果によれば、つまり脅迫状を書いたのは石川一雄被告ではないということである。
しかし結局この狭山事件第二審では無期懲役という判決が確定した以上、今回引用した綾村鑑定も裁判所の判断では「脅迫状を書いたのは石川一雄被告」ということになる。
暇を持て余した老生は、じゃ脅迫状は石川被告が書いたとし、時系列で彼の筆跡に変化はないかと資料を並べてみた。
「脅迫状」これは五月一日に被害者宅に投函されたが実際にはそれ以前に石川被告により作成され所持していたとされている。見方によるが、いわゆる筆勢には並々ならぬ迫力を感じる。
その二十日後、五月二十一日に石川被告が書いた上申書。 まるで魂が抜けたような運筆である。
これは七月二日、事件発生から二ヶ月後に石川被告が書かされたもの、すなわち連日脅迫状を手本に字の練習をさせられ、その後に書かされた脅迫状の写しである。五月二十一日に書いた文字形態、全体的なバランスと比較すればやや良くなっているようだ。しかし五月一日頃執筆の脅迫状の出来映えからするとなぜこんなにその筆態が退行しているのか、しかも短期間である。
どうやらこの事件を長引かせた要因は捜査当局が石川一雄被告を狭山事件の犯人とみなし取り込んだおかげで、あらゆる面で齟齬をきたしたからと思われる。