狭山事件に関する書籍は数多く出版されているが、その質に関して言えば玉石混交である。それならばその原典となる裁判記録に目を通し、その上で読むに価する関連書籍を選ぶという選択肢があると、写真の猫は語るのである。
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【公判調書3571丁〜】(昭和四十七年八月)
証人=鈴木 将(診療所経営)
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山梨検事=「その時の死亡診断届ですがね、まあ、直接の死因として薬物自殺となっているんですが」
証人=「ああ、そうですか」
山梨検事=「死亡の原因としてノイローゼということになっておりますね」
証人=「ああ、そうですね」
山梨検事=「そうすると、この登美恵さんが死ぬ前のノイローゼの状況ですね、これ、ご記憶ありますか」
証人=「それはそれより一年くらい前かしら、私の所へ来てね、それで何か変なことばかり言ってね、安定剤を与えたことがありますね。それであと、よそのお医者さんか何かに行ったんじゃないんですか、私のほうは強い薬をあげてないし、だからどうも、きっとああいう状態なら回ってると思うね。ただ驚いたことに、前、私が見た時、太ってぽちゃぽちゃしたいい子だったんだ。ところが亡くなった時はすっかり痩せ細ってしまって、あれ、この子だったかなと思うような状況だったね」
山梨検事=「先ほど二回行ったという、二回というのは」
証人=「だから一回行ったでしょう、最初に。で、そこに居るわけにいかない、うちだって用があるから帰るでしょう。それからまた行ったんじゃないですか」
山梨検事=「同じ日に二回行ったと」
証人=「そうです」
山梨検事=「これは時期的には七月十四日なんですがね、その直前に往診したということはないですか、七月三日に」
証人=「ないですね。その辺のところは診てないですよ、私は全然。あったとしても三か月くらい前じゃないですか」
山梨検事=「これは三十九年の三月に往診ではなくて本人が来て、で、バランスを与えたと。で、七月三日、これは往診で、それで今度こういうことになるんですが」
証人=「じゃ私はもう忘れちゃったのかも知れないね。あるんなら、その通りかも知れないけれども何かすごく痩せてたね、その辺忘れましたけれども、記憶ないですね」
山梨検事=「その丸々と太ってた子がそういうノイローゼになるというのは何かお聞きになりませんでしたか」
証人=「何か精神的に少しおかしかったんじゃないんですか、別に何もなくたっておかしくなる人もありますよね」
山梨検事=「特に先生に何か訴えたという記憶もございませんか」
証人=「何も私は聞きませんでしたね」
山梨検事=「死んだ時に行った時の状況なんですがね、これは非常に整理されていたということなんですが、それでお伺いしたいのは、何か家の人からこれ変死でないようにしてくれというようなことを頼まれたことはないですか」
証人=「頼まれればとっくに申し上げるけど、頼まれないですね、だから余計変なんですね。頼まれればそうはいかないと言ってそのままどうにかするけれども、あくまで知らないと言うんですよね」
山梨検事=「ただ、この死亡診断書を見ますと、まあ、おいでになった時間がこれは一つの問題なんですけれども、発病より死亡までの時間として五時間となっているんですよね」
証人=「それは想像ですよ。だって死んだ時間が分からないでしょう、だいたいだからうちの者がうちを空けた時間からその辺までということにしたんじゃないでしょうか、あくまでも想像ですよ、それは」
山梨検事=「五時間というのは本人が死んだのは何時頃という推定は、どうやってつけられた」
証人=「だから、うちの人が朝ご飯食べる時は生きてたでしょう、それから今度は昼に帰って来たと言ったかな、そうじゃないですか。そうするとその間くらいはだいたい五時間くらいあったんじゃないかという風な、多くの根拠をそこにもって私書きませんでしたけれども、分かりませんですよ。私はどうやって分かるかと言えば食べ物を行政解剖でもして出さなければ分かりませんよ。出ますか」
山梨検事=「それは家人が発見して先生の所へ知らせるまでに、その間に片付けたなということは考えられますか」
証人=「朝早く出て、それで帰って来たら気が付いたということじゃないですか、とにかくもう忘れちゃったな」
山梨検事=「先ほど警察に届けをして以後、警察との連絡は全然していないということで、結果は聞かれませんでしたか」
証人=「私は電話で、どうなりましたと聞いたと思うんですよ、それで薬物中毒ですということで私もしたと思いますよ」
山梨検事=「それはあなたの意見として向こうへ回答したんですか」
証人=「いや、そうじゃなくて、私分からないからね、登美恵さんという方は行政解剖をなすったんですか」
山梨検事=「いや、していない」
証人=「何か要するに薬物中毒であるという風なことで出したということで、私のほうもまあ、そういう風な疑いを持っていて、だから私も同じように出したという風なことで、そのくらいですね。ただこうしろとか、ああしろとかいう警察からの命令もないし、相談もなかったですね」
山梨検事=「まあ、おいでになった時間ですが、これ、昼頃よりもう少し下がっていたんじゃないでしょうか、五時頃じゃないでしょうか」
証人=「そうですか、何か・・・・・・昼だかどっちだか忘れましたね、今もう記憶ありませんけれども、前のほうが正しいでしょう。何か前にもしも五時頃と書いてあれば五時頃じゃないですか。今はもう忘れました」
山梨検事=「それで遡って昼頃死んだと」
証人=「かも知れませんね。夕方に帰ったのかしら、うちの人が昼に出て」
山梨検事=「あるいは三時のおやつとか」
証人=「何か出ちゃって帰って来て、それで気が付いたということなんですよね」
(続く)