【公判調書3564丁〜】(昭和四十七年八月)
証人=鈴木 将(診療所経営)
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裁判長=「あなたのお医者さんとしての経歴を、学校以後のことを簡単に述べて頂きましょう」
証人=「私は・・・・・・昭和二十九年頃でしたかね、ちょっとはっきりしないんですけど、その頃国家試験に合格しまして、それからある医者に勤務しまして、それで二、三軒、まあ、アルバイト的に回りましてね、それから当地区へ来て、で、現在の所で、初めは市のほうの国庫の直営診療所だったんですよね。それで一年くらいやって買い受けて、現在は自分がやっているということです」
裁判長=「自営になすったのはいつからですか」
証人=「自営にいたしましたのが三十一年頃ですかね」
裁判長=「専門は何ですか」
証人=「内科小児科ですね」
裁判長=「学校はどちらですか」
証人=「昭和医大です」
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山上弁護人=「先生は堀兼診療所の付近でお生まれになって育たれた方でございますか」
証人=「私は越生です」
山上弁護人=「この堀兼診療所は先生が始められてからは、もう大体どのくらいになりますか」
証人=「ですから三十年頃来まして現在までです」
山上弁護人=「狭山事件とまあ通称言っておりますが、善枝さんという高校生が殺されたと、こういう事件はご存じですね」
証人=「ええ、知っております」
山上弁護人=「この事件と前後して自殺者が非常に出たということになっておるわけですが、その中の一人で奥富玄二さんという方もいらっしゃるわけですね」
証人=「はい」
山上弁護人=「これは覚えておられますか」
証人=「はい」
山上弁護人=「これは記録上はっきりしておりますが、昭和三十八年の五月六日ということになっておりますが、少し大分昔になりますが、その辺のことをちょっと思い起こして頂きたいんですが」
証人=「・・・・・・・・・」
山上弁護人=「これは鈴木先生が現場に出かけられて死体を実際にその目で見たと、こういう事案でございますか」
証人=「ええ。でも人間というのは忌まわしいことというのは忘れがちですね。楽しいことは覚えてるけれども、特にそういう風なことというのはすごく私嫌いと言ってはおかしいけど、忘れようと努力する、自然に忘れちゃったですよ。全部忘れたとは申しませんけれども、辻褄が合わんことがあるかも知れませんね」
山上弁護人=「覚えてることだけ」
証人=「何かどこからか通知があって、それで私は往診の依頼を受けて行ったわけですね。玄二さんが何か井戸に飛び込んだということですね」
山上弁護人=「それは時間は分かりませんでしょうか」
証人=「さあ、私はそれは昼頃じゃなかったかと思いますよ」
山上弁護人=「これはご家族の方のご通知ですか、警察の方・・・」
証人=「警察ではなかったと思いますよ」
山上弁護人=「それでこの死因について先生まあ死亡診断書というようなものをお作りになって、私それを機会があって見ましたが、これは自殺ということになっておるんでございましょうか」
証人=「ええ、そういうことですね」
山上弁護人=「この、自殺という風になった場合、医者のほうで、あるいは警察のほうでですね、特に解剖をして調べるというようなことはしなくてよいのでしょうか、医者の立場から言えば」
証人=「それは私のほうは変死というのは警察に届けることになっている、それだから警察のほうで変死と認めればそれは警察のほうの権限下になるんじゃない?しようがしまいが僕のほうは変死の疑いを出すわけだろう。そうすれば警察のほうで決めることじゃないかな」
山上弁護人=「そうするとこの先生の診断書を見ますと、エンドリンというようなことが書いてあるようですが、これは農薬でございますか」
証人=「そうですね」
山上弁護人=「これは口の中、あるいは胃の中から吐き出されたものからお調べになったということになるんですか」
証人=「細かい科学的な検査というものは私たち、持っていませんから、手続をね、だからそういうことはしていないけれども、周囲の状況、あるいはそういう臭いとかね、たとえば一般の病気にしても下痢していると腸がこわれていると想像すると同じように、一般の状況から察してみて、それを飲んだような臭いがしているからそうじゃないかという風なことは考えられるわけだね」
山上弁護人=「この臭いというのは口からの臭いでしょうか、何か吐き出したものがあって、そこから臭うとか、そういう風なご記憶はどうでしょうか」
証人=「吐物からも臭うし、口からも臭いました」
山上弁護人=「吐物もありましたか」
証人=「あったと思いましたよ」
山上弁護人=「この、先生が見られた時には、死体は井戸に飛び込んだのをすでに引き上げられた時に行ったんですか」
証人=「そうそう」
(続く)
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自殺した古井戸。(写真は"差別が奪った青春"部落解放研究所・企画・編集=解放出版社より引用)