『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
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【公判調書3556丁〜】
証人尋問調書
証人=小川とら
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宇津弁護人=「それじゃね、あなたがさっきのお客さんが来てて、お茶を出したという時、まあその人たちが北海道の出身だとか、いろんな話をしたことはありませんか」
証人=「・・・・・・そうね、それはその時におじさんと自分たちは北海道からどうとかこうとか言ってたのは聞いたかも知れないけれども、それだけだね。詳しいことは絶対知らないからね」
宇津弁護人=「松五郎さんとは話していたわけね」
証人=「ええ。そうそう、一回そういう人に姉さん、お茶入れてくんな、と言ったからお茶入れて出して、それで近所へ行って、途中で何か用をしてやって、帰った。あの頃はほとんど落ち着いて行ってなかったからね、時計を拾ったという時も私は行ってないですわ」
宇津弁護人=「時計を拾ったということは松五郎さんからあとで聞いたわけですか」
証人=「ああ、そう、聞いたけど私はもう何だか騒ぎだと、と言うような人があるから、やっぱりそういうことにおら、関係ないからと言って、まあ、その頃は別に気にもかけないで、のんきに行くだけでね、あまりあの頃はまだしょっちゅう行かなかったからね」
宇津弁護人=「時計を拾う頃はおばあちゃんは松五郎さんのうちに、ひと月に何度くらい行ってたの」
証人=「あの頃はもう三日と落ち着いているほど弱くはなかったからね、そのうちでね、何だか具合が悪いなんて時には行っておかゆでも煮てやって、そしてうちへ帰っては、毎日のように行ったから、あの頃はそんなに落ち着いておじさんの所にいるようなことはなかったからね」
宇津弁護人=「足はしょっちゅう運んだわけ?すぐ帰って来るにしても」
証人=「ええ、だからわかんないですよ」
宇津弁護人=「長い時間はいなかったけれども、足はしょっちゅう運んで行ってあげたんですか」
証人=「うん、亡くなる前は、二月から二月の亡くなるまでそれこそ私がね、ほかに兄弟もいましたけど、私が面倒見ましたけど、まだあの頃は弱いと言っても自分で煮て食べたり、自分で市役所へも行ったりしたからね、あの頃のことは私は絶対もうわからないですよ」
宇津弁護人=「時計を拾う頃は、ご飯はおばあちゃんが炊いて上げていたの」
証人=「なに、自分で炊いて食べてた。暑い時分でね、私はおじさんの所にいないです」
宇津弁護人=「洗濯をしてあげていたわけ」
証人=「暑い頃は、まだ夏のうちはどうやら自分で着替えくらいゆすいでたんでしょう。まあほとんど洗濯にでもひと月に一回なり何なり寒い時でね、あの頃はまだ一人遊びして、市役所の厄介になっていましたからね」
宇津弁護人=「松五郎さんにはあなた以外にも親戚とか友達が田中(注:1)に訪ねてくるということがありましたか」
証人=「何だか知りませんね、出会いませんでしたね」
宇津弁護人=「そうすると、事件の起きた年は、さっきのお茶を入れてあげたというそのお客さんだけでしたか。田中にみえた人は」
証人=「あ、そう、何だか普通の着物で、二人、ちょうど私がですから自分で今お茶沸かしたところで、そしたら姉さんお茶入れてと言った」
宇津弁護人=「誰が」
証人=「おじさんが。その時は寝ちゃいない、だからそうかねと、そう言って、そこにもらったお茶菓子があるからすまねぇけど出してくんないかと言うから、それからお皿を見つけて出しておいて、おじさん、ちょっとそこのたっちゃんちまで行ってくると言って近所へ行って、それでどこの所在と言ったら北海道とかどうとかこうとか言った、そうか、そう言って、それで私もそれはまあその時帰って来ちゃって」
宇津弁護人=「着物というのは、その二人の人は背広を着ていたの」
証人=「そうじゃないね、服」
宇津弁護人=「どんな服」
証人=「何だかやっぱりね、その二人の人たちに初めて出会ったきり私は」
宇津弁護人=「背広じゃなくて、どんなの着てたの」
証人=「たもとの着物でしたよ、二人」
宇津弁護人=「おばあちゃんの知らない人なんだね」
証人=「ええ、絶対知らない」
宇津弁護人=「で、何か身分の高い警察の人だということをあとで聞かせられませんでしたか、松五郎さんから」
証人=「何だか聞きませんでしたね」
宇津弁護人=「その二人の人は警察の人じゃなかったの」
証人=「何だかやっぱりお茶入れて出してあげただけで、やっぱりその頃はひょいと行って見てくるだけだから親しくそこで別にどうも何かすぐ立っちゃってね、詳しいこと聞かないです」
宇津弁護人=「あなたが田中に行った時には、その二人のお客さんはもう来てたわけだね」
証人=「あ、そう」
宇津弁護人=「で、お茶を入れてあげて、それから洗濯もしてあげたの?」
証人=「その時には洗濯で来たんじゃないですからね」
宇津弁護人=「で、お茶を入れて、それからあなたは近所に出かけたの」
証人=「うん」
宇津弁護人=「どこへ」
証人=「じき上に内田さんの娘もいるしね。今あんまり行きませんけれども、たっちゃんという年寄りがおりますし」
宇津弁護人=「そこに遊びに行ったわけ、お茶飲みに行ったわけ」
証人=「いや、ちょいと見に来たけれどもこの頃は大丈夫そうだなと言ったから、ああ、と言ってね、それで私も少しそこにいて帰ったんです」
宇津弁護人=「帰った時にはまだお客さんはいましたか」
証人=「いなかった」
宇津弁護人=「帰ってた」
証人=「帰ってたね」
注:1 「田中」=小川松五郎氏が住んでいた地区の名称。