(脅迫状)
(石川一雄被告が書いた上申書)
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「脅迫状における句読点」鑑定書
一、鑑定資料
(1)脅迫状本文
(2)昭和三十八年五月二十一日付石川一雄作成の上申書
(3)戸谷鑑定人の被告人に対する質問
(4)昭和三十八年七月二日付石川一雄の検察官に対する供述調書添付の脅迫状
二、鑑定事項
(a)昭和二十四年乃至二十五年当時(以下当時と略称する)の小学校国語科の教科書は縦書きであったか横書きであったか。
※小学校中学年(三〜四年)の一乃至二単元の教材(観察記録文)を除いてほとんどが縦書き表現をしていた。
(b)当時の国語指導の方針は横書きか縦書きか。
※小学校においては縦書きである。従って、指導においても縦書き表記の指導がほとんどであり、数量的表現を多く用いる観察記録等を書かせる場以外には、とりたてての横書きの指導の場は少なかった。現在においても、小学校国語科においては縦書き表記を主体としている
(c)小学校児童低学年、中学生、高学年の三段階に分けた場合、文章について完全に句読点を付することの出来るのは、通常(平均的に)どの学年に達することが必要であるか。
※小学校高学年においても、まだ正しく付することの出来ない児童が多い。昭和二十九年頃の「小学校児童の作文にあらわれた誤りについて」の京都市児童の実態を一例として挙げる。
(以下百名中)
①句点・読点のないもの ②読点のみ打ってないもの
濫用
一年生=七十名 同=空欄
二年生=空欄 同=空欄
三年生=十二名 同=五十二名
四年生=二十名 同=二十八名
五年生=二十五名 同=二十三名
六年生=二十八名 同=十三名
(昭和二十九年・調査「国語学力その学年基準」有朋堂・昭和二九、後記添付)
(d)以上の各事実を前提にした場合、本件脅迫状本文(以下本件文書という)の筆者の学歴、読み書き能力を推定することは可能であるか。
※可能である。
通信文、もしくは用件を知らせようとする文を横書きで表記出来るためには、通常、相当の練習を必要とする。当時の小学校の学習において、横書きの機会は比較的少なく、とくに作文や、自分の意思表示をするために横書きをすることの少なかったことから考えても、筆者は横書きに慣れていることが推定される。
さらに、本脅迫文のように、その表現にあたって、横書きを選んだ筆者は、平素、横書きの文章を書く場をもち、横書きに書き慣れているものであると考えられる。
また、本文章に付されている句点は、極めて正確であり、筆者の文意識の正しさを示している。
さらに、横書き文に句読点を付することは、縦書きに比しむずかしいものであるが、正確であること、最後のセンテンスにおける接続助詞の次に読点が付されていることからは、筆者が本来、正しく句読点を付し得る能力を持っていることが推察される。
(e)本件文書の文字との関連で、当て字(借字)に該当するものがあるか。なお、いわゆる当て字の意義について。
※通常、当て字は、漢字で書くべき言葉であることが意識され、しかもその漢字が思い出されない場合に用いられる場合が多い。
しかし、本件文書中の当て字は、助詞「で」に「出」、「はなし」(話し)を「はな知」、「かえって」(帰って)を「か江て」、「来なかったら」を「気名かったら」・・・・・・のように、当然、仮名で書くことが明瞭な場合に漢字を当てているのが特色である。
また、漢字「知」を「チ」の音に当てず、「シ」に当てて用いていることは、「知る」を意識して用いていることを示している。
(f)本件文書の文章表現上の特質について
※必要な用件が、順序を追って記述されており、全体として正しくまとまっている。
段落の区切りも妥当であり、重要な箇所については、文字を大きく書き、とりたてた記述になっている。
「二十万円」とせず「金・・・・・・」を付していることも、正しい金額表記である。
訂正箇所の少ないことから考えても、一気に書き上げられるだけの文章構成力のある者と考えられる。
(g)本件文書作成のため使用されている漢字・平仮名の使用方法、文章構成のありかたを分析することにより、筆者の読み書き能力を推定することが出来るか。
※推定することは可能である。
①訓読みの語幹の読みは想起しにくいにも関わらず、それを当てていること。
②「刑」・「札」等、日常生活の中に使用する頻度の少ない(書きことばとして)漢字を使用していること。
③文章構成が整っていること。
要点となる部分について、繰り返し、さらに大きく書き分けていること。などの点から、読み書き能力もかなり高く、日常、書くことの場を持っているものと推定出来る。
(h)昭和三十八年五月二十一日付の石川一雄作成の「上申書」と本件文書を比較した場合、表記・表現上、指摘さるべき著しい差異を指摘することが出来るか。
※次のような差異を指摘することが出来る。
①それぞれの行が、右の方に書き進められるにしたがって下降していること。本件文書には、それが見られない。
横書きに書き慣れていない場合、速書きの能力がついていない場合、右下がりになる傾向になる。
②本件文書の文字が、終筆が「はね」(例えば「す」「ん」「り」その他)の部分が、速書きによって勢いよくはねられているのに対して、上申書の場合は、終筆の部分がほとんど止められている。
このことは、「語や文として書く」ということの不慣れと、一字一字を意識して書いていることを表している。
③本件文書が、段落の行替えをとっているのに対して、上申書は段落をとらない、いわゆる「べた書き」になっている。
④本件文書が、句読点(とくに句点)を明瞭に付されているのに対して、上申書にはそれがない。
⑤本件文書に用いられる「出」「気」に当たる文字が、上申書にも多く出てくるが、すべて平仮名書きになっている。「刑札」についても同様である。
三、鑑定結果
別紙添付の学籍簿成績表を参考にして判断した結果、上記の鑑定事項から、本件脅迫状本文は、小学校五年修了程度の学力、能力を有する者の記述したものとは考えられない。
四、鑑定結果に至る判断
文章表現に、縦書き表現をとるか横書き表現をとり得るかは、筆者が、平素どちらの表現を多くとっているかによることが大きな要因となる。
とくに、用件を述べる通信文にあたっては、縦書きが当時の常識であり、横書きを用いるためには、日常、横書きに書き慣れている者でなければならない。
本件文書の筆勢は、速書きが出来る者であることを示している。機械的な練習や視写ではなく、自己の意思表現を内容とした文章を速書きし、しかも、訂正箇所がほとんどないことからも、筆者の書写能力の高さが察しられる。
さらに、段落の区切りを考えていること、要件となる部分については、文字を大きくし、また、繰り返しの手法を用いていること、文型の確かなこと・・・・・・からも、このことが考えられる。
また、漢字の誤用についても、使用の文字の傾向から考えて、その漢字の意味を(用法も含め)知らないことによる誤用というよりも、むしろ意図的に当て字を使用していると考えられる。このことは、平仮名表記と分かっている文字に漢字を当てていることからも考えられる。
句読点についても、速書きの文章にこれを正しく打てることは、筆者の文意識がうかがわれるのである。
昭和四十七年七月十八日