『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
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【公判調書3465丁〜】(前回より続く)
佐々木哲蔵弁護人
三、「後頭部損傷の発生時期に疑問があること」
五十嵐鑑定人の見解のように、後頭部損傷をきたした時期が、被害者が窒息をきたす頃か、その少し前に受けたものと仮定すると、後頭部損傷は皮膚に裂傷をきたすほどの損傷を受けているのであるから、被害者は一時的にしろ意識不明になっていると考えねばなりません。しかも、この場合には、後頭部損傷から、かなりの出血があると考えるのが常道であって、後頭部損傷の周囲皮下には凝血が多量に付着しているはずであります。ところが、本件損傷から外出血も皮下の凝血も著しく少ないのではないかと写真三号および五十嵐鑑定書から推定されるのであって、このことは、後頭部損傷を果たして生前のものと考える点について、かなりの疑問を抱かせるものであります。
四、「被害者の死亡直前に暴力的性交があったとすることに疑問があること」
被害者の処女膜については、五十嵐鑑定書および写真十三号からみた所見では陳旧性であると認められるのであって、「処女膜の陳旧性亀裂三条」は、本事件とは関係のない頃に破られたものであります。処女膜の時計文字版くらいの十時から二時までの間は、間隙が裂隙状(注・さけているという意味)で、しかも創縁が蒼白で死後に出来た損傷であるとも思われ、この部分の損傷が生前のものでないことは確かであります。同鑑定書記載のG1G2G3の損傷は生前の損傷と思われ、おそらく生前、姦淫時に出来たものと考えるのが妥当ではあろうが、その位置関係や死体が引きずられたなどの事情があるために、他の時に出来たものであるかも知れず、必ずしも姦淫時に生じたものとは断言出来ないのであります。したがってこれらの損傷は、暴力的強姦の確証とは考えられません。さらに、H1H2H3iの損傷だけでは、暴力的強姦の証拠とすることは比較的可能性に乏しいのであります。すなわち、iは処女膜が破瓜したした際には当然出来る損傷であり、瓜痕とは考えにくいし、またH3もおそらく同じ頃に出来た傷とみられるのであって、これらH1H2H3とG1G2G3は必ずしも暴力的強姦時でない場合でも、加害者が性交に馴れない者である場合には出来る可能性があります。姦淫を受けたのは生前であるか、死亡直前であるかどうかは断定が出来ず、また死亡直前に暴力的性交を受けたとも断定出来ないのであります。
以上が上田鑑定書について証拠調請求をする要旨であります。この鑑定書は、被告の自白、特に逆さ吊りの虚偽と殺害方法の虚偽とを立証する極めて重要な証拠であって、これだけでも被告の無罪を立証出来るほど重要なものであります。「人間一人の生命は地球全体よりも重い」という思想は、最高裁の判決にも示されています。本件は人間一人の生命がかかっている裁判であります。しかも、当審は、最後の事実審であります。民事裁判における時機に遅れた防禦方法の却下という発想方法が、本件の場合に通用するはずはありません。この鑑定書の証拠調を行なうことは、当裁判所の義務というべきであります。
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2024年(令和6年)10月9日(水曜日)、ついに袴田事件の再審無罪が確定した。死刑判決を受けた袴田巌(88)氏は、静岡県一家4人殺害事件の犯人ではなかったのである。
老生は現在58歳であり刑務所暮らしの経験は無いが、それと同じ58年という年月を袴田氏が死刑という判決を背負わされて生きてきた事実はまるで酷い。
「控訴しないことにした」とする現・検事総長の談話など、このような話は聞くに絶えず、まずは静岡地裁判決を速やかに理解し、談話を述べる暇があるなら、まず先に袴田事件が冤罪であった事実に対し謝罪するべきであろうと、老生はやや憤慨したのであった。