『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
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【公判調書3464丁〜】(前回より続く)
佐々木哲蔵弁護人
二、殺害の方法が誤っていること。
原判決によると、「被告人は(中略)俄かに劣情を催し、後手に縛った手拭いを解いて同女を松の木からはずした後、再び右手拭いで後手に縛り直し、次いで数米離れた四本の杉の中の北端にある直径約四十糎の杉の立木の根元付近まで歩かせ、同所でいきなり足払いを掛け、仰向けに転倒させて押さえつけ、ズロースを引き下げて同女の上に乗りかかり姦淫しようとしたところ、同女が救いを求めて大声を出したため、右手親指と人差し指の間で同女の咽頭部を押さえつけたが、尚も大声で騒ぎたてようとしたので、遂に同女を死に致すかも知れないことを認識しつつ敢えて右手に一層力を込めて同女の咽頭部を強圧しながら強いて姦淫を遂げ、よって同女を窒息させて殺害した・・・・・・」(傍点は引用者)となっています。
五十嵐鑑定書の記載によると、眼瞼結膜に溢血点が比較的少なく、眼球結膜にも溢血点や浮腫や血管充盈(注・拡張の意味)を見ていないということであります。この所見は、被害者が何らかの巾広い物で絞殺されたか、もしくは、かなり巾のある太い物で強く側頸部を圧迫したときに、最もしばしば認められるのであります。すなわち、本件の場合は、巾広い物によって気管の圧迫と同時に、左右側頸部の血管や頸動脈洞の圧迫、迷走神経の刺戟等の諸条件が加わって、比較的早く意識不明に陥り、死に至らしめたものと判断されます。さらに五十嵐鑑定書の所見によれば、このように巾広い凶器で絞殺したか、あるいは巾広い鈍体、例えば手、足などで圧頸したものと考えざるを得ないばかりでなく、その索状物、あるいは鈍体は圧頸後、間もなく取り除かれて、細引紐等を用いて死を確実にしたものであろうと考えられる。本件の場合は、細引紐は死体に付いていた細引紐でも二、三回頸部を締めることが可能であり、最後に、この紐を死体に付けたまま放置して埋没したものと考えられるのであります。
被害者の強姦時に、右手の親指と他の四本の指を両方に拡げて被害者の首に手の掌が当たるようにして首を締めた、という被告の供述に該当する所見は、五十嵐鑑定書の死体の所見からは全く考えることが出来ないのであります。咽頭部を上から圧迫し、気管を圧迫するだけでは、普通の場合、中々死に至らないものであって、本件のように溢血点や浮腫の少ない場合には、巾の広い索状物で締めるか、巾広い鈍体により左右側頸部を圧迫する所見が加わらなければならないのであります。すなわち、五十嵐鑑定書の所見を分析することによって、被告の自白の虚偽であることが明らかに示されるのであります。したがって、被告の自白を根拠とする、原判決の事実認定には重大な誤りがあります。
(続く)
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1970年代、この狭山事件裁判に関し、学者、文化人、宗教者らはそれぞれの立場から独自の取り組みを展開していた。
例えば、東京高裁に二百二十三人の文化人署名を提出したという事実もある(写真は右から野間宏、梅沢利彦、中山武敏、針生一郎、日髙六郎)。写真は"無実の獄25年・狭山事件写真集=部落解放同盟中央本部中央狭山闘争本部・編、解放出版社"より引用。