『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
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【公判調書3461丁〜】
(前回より続く)
佐々木哲蔵弁護人=「なお終わりに一言付言さして頂きたいのは、警察官は、往々にして、特に追い詰められている場合などに、証拠を『ねつ造』することが実際にあるということであります。私自身が弁護人として担当した強盗殺人事件での経験ですが、被告人が書いた地図で死体を発見したということになっていたのですが、実はその図面は、死体を発見したということになっている自白調書添付の図面は、死体発見後に作成されたものであることが、公判の審理中に判明した、裁判所はこの事実を認めて、無罪になったケースが大阪にあります。また日本の被占領時、京都にあった拳銃強盗事件で警察官が、天井裏から拳銃を発見したということになっていたが、その後、天井裏から見つけたということは警官のつくり事であることが分かって、当時の関係者が厳重注意処分を受けたことがある。これは私自身、当時の検察官から聞いた、確かな事実である。こうした事例は他にもあることは裁判所も御存じのことと思います。
本件の場合、万年筆、時計、カバンがいずれも被告人の自白に基づいて発見されたということになっていますが、これについては常識上、おかしい点が沢山ある。このことは、既に弁護人から詳しく述べられているところでありますが、これらの点については、特に警察官は、往々、そして特に追い詰められている場合には証拠の『ねつ造』ということもやることがあるんだという実例を念頭において本件を御判断を願いたい、この点も御考慮に入れられて本件証拠請求を全部是非、御採用頂きたいことを強く求める次第であります。
昭和四十七年七月二十七日
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【公判調書3462丁〜】
「上田鑑定についての立証趣旨」
弁護人:青木英五郎
われわれ弁護人のすべては、被告の無罪を確信しています。それにも関わらず、当審の最終段階近くに至って、新たな証拠調を請求する理由は、裁判所が未だに無罪の心証を持っていないのではないか、むしろ有罪の心証を持っているのではないか、と危惧するからであります。そのために、もう一度この事件の原点に立ち返って、真実を解明しようとするものであります。
そこでまず五十嵐勝爾作成の中田善枝の死体鑑定書、五十嵐勝爾の証言および大野喜平作成の実況見分調書を鑑定資料とした、上田政雄京都大学医学部(法医学)教授作成の鑑定書について証拠調の請求をします。その立証趣旨は、次の通りであります。
一、中田善枝が死亡した直後から二〜三時間の間、その死体を逆さ吊りにした痕跡は全く認められないこと。
原判決の認定によると、「前記の通り、中田善枝を殺害した後、同女の死体を一時、付近の芋穴に隠し、後でこれを農道に埋めて前記犯罪(注・強盗・強姦殺人)を隠蔽しようと考え、同日夕刻、右死体を両腕で抱えて、同所より新井千吉所有に係る同市入間川二九六⚫️番地内の、入口の大きさ縦約七十七糎、横約六十二糎、深さ約二米七十糎の芋貯蔵穴の側に運んだ上、付近の家屋新築現場にあった荒縄、木綿細引紐を使用し、死体の足首を右細引紐で縛り、その一端を右荒縄に連結してなお死体を右芋穴に逆さ吊りにし、荒縄の端を芋穴近くの桑の木に結びつけた挙句、コンクリート製の蓋をして一旦死体を隠し、後記判示第三のように脅迫状を中田栄作方に届けた後、再び右芋穴の所に引き返し、同夜九時頃、その途中にある同市堀兼九五⚫️番地所在の前記石田一義所有の豚小屋から持って来たスコップで、右芋穴の北側にある同市入間川二九五⚫️番地の農道に、縦約一米六十六糎、横約八十八糎、深さ約八十六糎の穴を掘り、その中に前記芋穴から引き上げて運んだ善枝の死体を、前記の如き両手を後ろ手に縛り、目隠しをし、足首を縛り、荒縄を付けたままの姿で俯伏せにして入れ、土をかけて埋没し、もってこれを遺棄した」とされています。
しかし五十嵐鑑定書に記載された死斑の出現状態からみて、中田善枝が殺害された直後から二〜三時間の間、死体を逆さ吊りにした痕跡を考え得る所見は全く認められず、死斑の状況からは逆さ吊りを考えられないのであります。このことは、当審における五十嵐証言とも符号しています。次に、同鑑定書に記載されているように、耳孔内には凝血も凝血が乾固したものも見られないことからしても、頸部圧迫に加えて二〜三時間、逆さ吊りにしたために耳孔内出血や鼻血が助長されたという所見は全く見られない、つまり逆さ吊りは認められないのであります。また、後に述べる後頭部損傷の時期について、創傷の皮下に凝血があり、生前の傷であることにかなりの疑問があることからしても、逆さ吊りにされて二、三時間も放置されたということは否定されるのであります。さらに、死体の足首部分には、細引紐が強く圧迫したと思われる何らの痕跡も残っていないことが指摘されねばなりません。足首部分には、死体を逆さ吊りにした場合、全体重がかかってくるわけであるから、縊死の場合の索溝と同じ程度のものが付いてもよいわけであって、たとえ靴下を履いていても明らかに足首に付くべきであるのに、この部分には何等の痕跡も残っていません。むしろ、逆さ吊りにしたということを想像するのが事実に反しているのであります。
上田鑑定書に記載されたこれらの所見は、明らかに被告の自白が虚偽であることを示すものであり、したがって、被告の自白に基づく原判決の事実認定には重大な誤りがあるものと言わねばなりません。
(続く)
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写真は袴田事件の無罪を報じる新聞紙面であるが、同じく冤罪の可能性が非常に高い狭山事件は今後どう展開してゆくのか刮目して待とう。
狡猾な手段で袴田巌さんを犯人と断定した捜査機関に対し、静岡地裁:国井恒志裁判長は、犯行着衣などの三つの証拠について「捜査機関によるねつ造」と指弾した。かなり踏み込んだ判決に私は喝采を送りたいところだが、これは国井裁判長の身辺警護を強化せねばならないレベルの踏み込み具合であり、今後の国井裁判長の動静にも注意を払いたい。