『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
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【公判調書3449丁〜】
「第六十四回公判調書(手続)」
証拠の開示に関する発言 別紙一記載のとおり
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別紙一 "証拠の開示に関する発言"
(前回より続く)
石田弁護人=「開示の問題には、刑事訴訟法第一条にいう、個人の基本的人権の保障を全うしつつ事案の真相を明らかにすることと密接不可分に結びついているものがあります。このことは、松川事件、青梅事件、芦別事件などの誤判事件が教えているところであります。
それから多くの事件の誤判の原因となったのが、検察官が証拠を事実審段階で裁判所にも弁護人にも見せなかったのみならず、松川事件では、被告人の無実の証拠さえ注意深く隠匿し続けたところに、裁判所に誤った判決をさせた原因があるのであります。
松川事件の被告人であった者とその家族とを原告とし、国を被告とするところの、国家賠償事件で東京地方裁判所は、昭和四十四年四月二十三日の判決の中で、松川事件で、検察官手持ちの証拠で、検察官が良心的に考えて、審理に必要と判断する証拠以外は開示する義務も法廷に顕出する義務もない旨主張したことに対し、きびしい批判、新しい指摘をしているのであります。
その一つは、検察官が真実発見に役立たないと判断した証拠は、弁護人はもちろん、裁判所さえ見ることが出来ないだけでなく、その証拠が存在するかどうかすらも知ることが出来ない不合理な結果になるといい、その二は、検察官の証拠に対する判断が常に正しいとは限らない、ということであり、検察官が証拠の独裁者であってはならない、と言っているのであります。その三は、事実認定の最終的な責任を負っているのは検察官ではなく、裁判所であるという事実であります。検察官は、証拠の開示又は提出について、当然真実義務を負っているのです。そうしてみると、開示は本来、すべての検察官手持ち証拠について成さるべきであるという結論に到達することになると言わざるを得ません。その判決は、検察官は、公の機関であり、公費を使って証拠を収集するのである。そうした証拠が公開の法廷で批判にさらされ、或いは弁護人、裁判所などの訴訟関係人に開示されずに終わるのは極めて不合理である、と言っております。
この松川事件の国家賠償事件の東京地裁判決があった二日後に、昭和四十四年四月二十五日、最高裁判所第二小法廷決定が出ました。
この決定は要するに、裁判所は、検察官に対し、訴訟指揮権に基づいて、検察官手持ちの証拠の開示命令を発することが出来るという趣旨であります。全証拠開示の問題はまさに刑事訴訟法第一条が、公益代表としての検察官に要求しているものと考えざるを得ないのであります。
佐伯千仭教授は、証拠開示は裁判の公正に対する制度的担保であると指摘しています。
本件は、いわゆる吉展ちゃん事件に引続いて発生した事件であり、当時吉展ちゃん事件は未解決で捜査中でありました。五月二日夜、犯人を取り逃したことが加わって、社会的にも、或いは国会等においても警察の捜査のあり方についての批判が加えられたのであります。そこで埼玉県警察本部は大々的な捜査をしました。大量の証拠が捜査本部に収集されたことは明らかであります。公判廷に提出されたもののほかに、たくさんの証拠が検察官の支配下にあることでありましょう。それらの中で本件に必要なもの、不必要なもの、がありましょう。弁護人の立場からは、弁護人が見なければ必要か不必要かは分からないのであります。弁護人の判断を、検察官の判断だけでよいとして打ち切ることは、公平な手続きではないと考えられます。証拠開示問題は、一つのデュープロセスとしても考えられるのであります。
検察官が証拠を隠したり独裁していた松川事件では、大量の無実の証拠がその手中に握られたままになっておりました。
本件でも、一審以来の検察官の訴訟追行の経過からみれば、被告人の防禦に非常に有益な、或いは必要な証拠が日の目を見ずに、私たちの目の触れかねる所で保存されていることは疑問の余地が無いと言うべきであります。
昭和三十八年六月二十九日の勾留期限延長の理由として、検察官は、『被疑者の主張には矛盾が多く』というように記載しております。更に、起訴後四十日以上を経た昭和三十八年八月二十二日に至ってさえ、原検事は、『自白内容についても、全部真実を述べたとは思われないと思われる点もあり』と、裁判所へ提出した書類で述べているのであります。そういう点からみても、まだまだ被告人にとって有利な証拠が検事の手中に存在すると考えざるを得ないのであります。
手持ちの証拠は全部開示すべきであり、そうしてこそ当審立会い検察官は、公益代表としての真実義務を尽くしたことになると言えるのであります。検察官が、証拠開示の前提として、もし、あくまでも証拠の標目等による特定を私たち弁護人に求めるならば、更に私たちとしては、その特定をするための前提として、どのような証拠がすべての証拠を構成しているのか、手持ちのすべての証拠の目録を作成して示すべきであります。
多くの誤判事件は、すべての証拠が開示されることの必要性を教訓として残しております。本件は、その誤判事件と軌(き)を一(いつ)にする(注:1)面が非常に多い事件であります。裁判所も、公正な訴訟の展開、迅速な訴訟の展開、真実の追求のため、すべての証拠を弁護人に開示されるよう強く勧告されるよう強く求めるものであります」
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(注:1)、軌を一にする(きをいつにする)=(今回引用した文脈からみて)「同じ立場をとる」との解釈で良かろう。
(写真は松川事件)