『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
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【公判調書3421丁〜】
「第六十三回公判調書(供述)」
証人=秋谷七郎(七十五歳・昭和大学薬学部長兼教授、東京大学名誉教授)
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橋本弁護人=「それから、これは鑑定外になって恐縮ですが、ついでにお聞きしたいんですが、脅迫状の一番上に抹消してあるのがあります。それは何で抹消したのか、つまり、ボールペンでやられたものか、ペンもしくは万年筆でやられたものか、お分かりになりますか」
証人=「これは恐らく、私の推定でありますけれども、初めの文字をインクで書いたか、あるいはボールペンで書いたかということ、あるいはボールペンかインクかということか、を、知りたくて前鑑定人がある程度化学的に処理した跡だと思います」
橋本弁護人=「その元々の脅迫状を作成した者がどういう筆記用具を使用したかということはお分かりになりませんか」
証人=「分かりません」
橋本弁護人=「先ほどボールペンのインクと、万年筆のインクに非常に大きな相違があるということを言われましたけれども、それを簡単に仰っていただきますと、どこに決定的な差異が出るんでしょうか」
証人=「分かり易く説明させていただきますと、ボールペンのほうは蝋と申しましょうか、ワックス、あるいはその他油類と申したらいいかも知れませんが、そういう成分を練ってあるというところに特徴があります。もちろん主体とするところはある種の顔料、あるいは染料を使っております。これもいろいろ種類がありますから、分かりません。とにかく顔料、染料という色を出す一つの物質、それを練り固めておると、そしてしかも、ちょうど朱肉のような具合に、ある時間が経てば空気中であるものは気散する成分も入っておると、それから後に残されたのが蝋とか、あるいは堅い油のような性質のものが残りまして、これがまた空気中の酸素を吸って日光にあたって文字が乾くと、そういうことを狙っているわけで、普通の万年筆インクとか、普通のインクはそういう油性のものを全然使っておらない、単に水溶液であるということと、油ないしは蝋のようなものが入っている、そういった差が大きな差でございます」
橋本弁護人=「ボールペンのペン先と万年筆もしくはつけペン先の間に物理的な構造の差異があるわけですね」
証人=「はい、これははっきり差異がありまして、ボールペンというのは何かというとボールでありまして、小さい丸い球がボールペンの先に付いております。そうしますと、丸い球体が付いておる、その回りに小さな穴がある、この隙間からどろどろしたボールペンのインクが染み込んで出てくるというところを上手く使って書くようにしてある。で、ありますから、ある意味においては万年筆のような場合に近い、つけペンのペンよりはかなり離れておるこういう差が構造上あるわけです。ただ、もう一つ付け加えて申しますと、ボールペンの中に入っている先端のボールはイリジュームやオスジュームのような高い物を使っておりません。だいたい鉄を使っておりますので摩耗してしまいます。ですから長くボールペンを使っておりますとぽかっと穴が開いたように小さな球体が飛び出して来ますのでどろどろと出て来る、これが普通のボールペンです。片っ方の万年筆のほうは、擦り減ることは擦り減りますけれども、ボールペンに比べて非常に長持ちするわけです」
橋本弁護人=「本件の鑑定で万年筆が対照物として先生のところに提供されたと思うんですが、この万年筆のペン先の状況を検査なさいましたか」
証人=「致しました」
橋本弁護人=「何か特徴は」
証人=「別に特徴はないです。何か特徴はないかと思って非常にみつけたし、しかもこれも強拡大顕微鏡で、電子顕微鏡もたくさんございますが、いろいろやってみましたが、特徴がない。ただあれがどこのメーカーの物ということが分かっておったものですから、既に年代的に差がありますけれども、同じメーカーのあっちこっちの販売小売店からいろいろ集めまして、あれやこれやと比較してみたんですけれども、特にあのメーカーの特徴というものを本件に関する万年筆の先からは掴めませんでした」
(続く)
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冒頭、弁護人は証人に、脅迫状の一番上の抹消してある部分に使われた筆記用具は何かと尋ねるが、証人の供述は的外れな感が強く、老生としては、より鋭い問いを期待するも、「鑑定外になって恐縮」した弁護人はそれ以上この問題に触れていない。この抹消された部分は何が書かれていたのか、また何故、抹消したか、未解明のままだ。
この抹消の仕方もまた異様である。