『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
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【公判調書3419丁〜】
「第六十三回公判調書(供述)」
証人=秋谷七郎(七十五歳・昭和大学薬学部長兼教授、東京大学名誉教授)
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橋本弁護人=「(東京高等裁判所昭和四十一年押第一八七の一の脅迫状を示す)脅迫状の、先生から向かって右側に『五月二日、さのヤ、五月二日、さのヤ』と、二つの文句が書かれておりますが、それは先生がお書きになったものですか」
証人=「そうです。これは紙質によって随分違うものですから私どものいろいろやった内で最後にいわゆる対照実験と申しましょうか、事実この万年筆、あるいはペンで書いたものはどうなるかということをやって見たものをまた写真に撮って、出ております。これは私どもがやったのであって、本件には関係ございません」
橋本弁護人=「(東京高等裁判所昭和四十一年押第一八七号の一の封筒を示す)お聞きしたいのは脅迫状のほうに『五月二日さのヤ』という加入文字がございます。先生の鑑定ですとペンもしくは万年筆のインクによるものであるという結論のようでございますが、それと、封筒の表面に、同じく先生の鑑定によると万年筆で記載された公算が大であるところの『中田江さく』という文字がございます。先生の鑑定ですとその『中田江さく』も万年筆で記載された公算が大である、つまり万年筆の公算が大きいと、こういう結論でございますね」
証人=「そうでございます。ただ公算でございますから、そこの解釈が非常に難しくて断定は出来ません」
橋本弁護人=「それで私がお聞きしたいのは、『五月二日さのヤ』という文字に使用されたインクと、中田江さくと書かれた文字に使用されたインクが違うのではなかろうかと、これは素人判断ですから誤りかも知れませんが、だいぶ見た目の色合いが違うように思うんです」
証人=「これはですね、このインクをいわゆる化学的な方法では鑑定することは出来ません」
橋本弁護人=「封筒のほうのインクでございますか」
証人=「はい。これは何回かすでに前段階の鑑定の際に使われてしまいまして、ほとんどこれからは抽出と言いましょうか、インクだけを取るということは出来ませんので、これについてはただ格好で見たというだけになってしまって、インクの同異ということは鑑定致しておりません」
橋本弁護人=「色調についてはどうでございますか」
証人=「この色調というものは非常に不安定なものでありまして、かなり表面はまあ私の手元にまいる以前の鑑定者が相当いろんな薬品を使い、いろんな化学物質を使って処理したことが明白でありまして、何を使ってやったかは分かりませんけれども、したがってもうやられるだけやられてしまったという感を深くします。したがって色合いも全く、あるいは初め同じだったかも知れませんけれども、やってる間にだんだんこうなってしまったと推定出来ますし、ただこれは推定の段階ですから断定は出来ない。非常に荒れちゃって、これから目的とするものを拾い出すことが不可能というところまで薄いということ、淡いということです。散々いじられた後で、如何にしても化学的検査の対照としては得られなかった、したがって色調は分からなかったわけです」
橋本弁護人=「その『五月二日さのヤ』と脅迫状に書いてあるインクの色ですが、市販のインクによりますとそれはいわゆるブルーブラックと言われる色じゃないかと思いますが」
証人=「そうですね」
橋本弁護人=「そのインクがいかなるメーカーのインクであるかということはお分かりになりますか」
証人=「全然これは分かりません、そこまではいかなる方法でも分かりません」
橋本弁護人=「それがボールペンのインクでないということは断定出来るわけですね」
証人=「はい、ボールペンと万年筆のインクの区別は分かりますのでこれは鑑定書に書いてありますから、ある程度ご了承いただけたと思いますが、これは分かります。ただそのボールペンのメーカーがどこで作ったものかということは分かりません」
橋本弁護人=「メーカーまで断定出来ないというのはメーカーによって製法が異なる」
証人=「みんなパテントと言うか、あるいは準パテントになっていて、先ほど言ったインクでもそうですし、ボールペンも秘密になっておりますから、分かりません」
(続く)
脅迫状の入っていた封筒。「少時様」との文字が確認できる。
その下には「中田江さく」と書かれている。二枚の写真は"無実の獄25年・狭山事件写真集=部落解放同盟中央本部中央狭山闘争本部・編、解放出版社"より引用。