アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1085

法廷には、いよいよ部落解放同盟の方がお見えした。狭山事件は、刑事事件と差別問題が複雑に絡み合ってゆく・・・・。

『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』

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事件当時の狭山近郊。写真は狭山事件裁判資料より。

【公判調書3374丁〜】

                    「第六十二回公判調書(供述)」

証人=野本武一(六十歳:団体役員=部落解放同盟中央執行委員、同和対策審議会専門委員、埼玉県社会福祉審議会委員)

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山上弁護人=「一般にこの関東では部落解放運動が弱いと言いますか、部落に対する認識が薄い、あるいは関西での部落の形態と運動の形態、あるいは差別をなくそうという運動に参加する一般の市民の意識と言いますかね、そういうものが関東と関西では異なっているようですが、何かそこに違いがあるのでしょうか」

証人=「たとえばその部落問題の理解が関東では非常に遅れているということが一般的に言えると思います。その点は、箱根から東には部落はないんだというような考え方が歴史家の中でも、あるいは行政の人たちの考えの中にもあったわけです。しかしそれだからといって運動がなかったということではないわけです。たとえば私の住んでおります埼玉県では全国で二番目の水平社を発足させました。大正十一年の四月十四日に埼玉県水平社が生まれております。で、そういう中で、石川くんが生まれた入間地方は非常に運動が弱かったわけです。従来、全体的には埼玉県の運動というものが非常に大きな功績を残しておりますが、入間地方という所は弱かったということが申し上げられると思います」

山上弁護人=「この石川くんが住んでおる部落は現在どういう形態になっておるんでしょうか」

証人=「四十六年、昨年の六月一日現在の調査によりますと、富士見一丁目が四百戸のうち七十六戸が部落の人たちと言われております。これは行政の調査で明らかにされています。人口が四百七十、柏原地区が百二十三戸のうち六十八戸。で、特に私が目を向けなければならないのは生活保護率の問題であります。富士見一丁目全体の生活保護率は三・七パーセント、で、富士見一丁目の部落の人たちの生活保護率は去年の調査で見ますと八・四パーセント、倍以上の生活保護率を示しております」

山上弁護人=「この石川くんが育った部落でございますね、何か特に職業的に差別をされておるというような、そういう事情がございますか」

証人=「埼玉県の部落は茨城県の一部と千葉県の一部、群馬県の一部を中心として関東特産のしゅろ表という草履を作っております。しゅろの芯を漂白して乾燥してそれを草履に編んだわけです。これは南部表という名前で呼びますが、これが埼玉県の部落産業としての唯一の職業であったのです。で、菅原四丁目の人たちの中にもその問屋というものがあるわけです。で、問屋というのは下請けと言いましょうか、編み子という者がいまして、編み子というのは女の人が草履を編むわけです。これは機械では出来ないわけです。そういう草履を編む人たちがその問屋の下にいて、そしてそれを中心としての職業であったわけです」

山上弁護人=「この石川くんが逮捕されたわけですが、狭山事件に証人が関係されるようになったのはどういう契機を通じてですか」

証人=「このことは私どもは部落解放運動を進めている中で埼玉県の部落をほとんど知っております。従って石川くんが出た部落はどういう地区であって名字だけ見ればもうすぐこれは部落の人間に対して攻撃をかけたということがすぐ分かるような実態を掴んでおります。そういう中で事件が起こりますと同時に、現在市会議員をやっております菅原四丁目の区長、石川一郎さんですか、さらに柏原地区の今、市会議員をやっております大沢武雄氏、これは代表的な人でありますが、この人たちから積極的な運動の要請がありました」

山上弁護人=「運動の要請という中身は何ですか」

証人=「それは石川くんを逮捕したことの不当、部落民に集中的な攻撃をかけてきたその不当について積極的に解放同盟が運動を今こそ展開すべきではないか、こういう強い要請があったわけであります」

山上弁護人=「それは証人に対してあったわけですか」

証人=「そうです」

山上弁護人=「そういう契機であなたは事件に関係されるようになったわけですか」

証人=「そうです」

山上弁護人=「その関わり方はどういうことからですか」

証人=「私どもはそういう要請があるなしに関わらず問題をとらえてどうするかという点が協議されて現地調査その他が行なわれておったわけであります」

山上弁護人=「証人はこの狭山事件の特捜本部の中(勲)県警刑事部長に面接をして何か話をなさったことがあるんですか」

証人=「五月の二十四日か五日と思うんですが、その日がちょっとはっきりしませんが中刑事部長と堀兼の特捜本部、農協の支所でその日の二時十五分から会っております。で、問題は不当な逮捕、不当な取調べに対する抗議をいたしました。で、これは私ほか関東ブロックの代表、東京都連の清水書記長、当時の東京都連の委員長であった難波英雄、さらに東京都連の執行委員であった田中英苗、この四人が特捜本部を訪問して抗議を申し入れました」

山上弁護人=「不当な逮捕というお言葉を使われましたが、どういう点が不当なのか、あなたの感じ、あるいは事実をもって」

証人=「私どもは明らかにされたことは石川区長との面談の中でもこういうことを言っております。その石川氏の家庭の周辺は刑事が鉢合わせになるような状態で見込み捜査が行なわれたという、そういうことを区長は言っておりました。やはり石川くん家庭を中心として集中的に刑事が張り込んで、ここに犯人がいるぞというような態勢の中でぶつかり合うという、そういう集中攻撃がかけられた」

山上弁護人=「張り込んだ警官同士が鉢合わせるような密度で取り囲んだと、こういう趣旨でございますか」

証人=「ええ、そういう話を石川区長からされました」

山上弁護人=「それはいつ頃ですか」

証人=「これはその逮捕された直後ですね」

山上弁護人=「逮捕された直後からすでにそういう態勢であった」

証人=「いえ、逮捕される前にそういう実態であったと。だから我々はこれが部落に集中的な攻撃をかけられたんだという当時の区長の考え方、これは私どもの考え方と一致するわけです」

(続く)