『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
脅迫状の差込まれたガラス戸。その位置を指し示すのは被害者の姉である登美恵さん。写真は"無実の獄25年・狭山事件写真集=部落解放同盟中央本部中央狭山闘争本部・編、解放出版社"より引用。
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【公判調書3340丁〜】
「第六十一回公判調書(供述)」昭和四十七年六月十五日
証人=中田健治(三十四歳・農業)
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松本弁護人=「あなたが食事をされておる間、やはり外は雨が降っておりましたね」
証人=「ええ、降っておりました」
松本弁護人=「かなり強く降っておりましたか」
証人=「ええ、強いほうだったと思います」
松本弁護人=「あなたが土間にいらっしゃって食事されておる時にはいわゆる雨音、そういうものは聞こえるでしょうね。弱い雨は別として、強い雨はざーっという音がするでしょうから」
証人=「ええ、雨垂れの音くらいは聞こえると思います」
松本弁護人=「屋根にかかる音、あるいは地べたに跳ね返る音いわゆる雨音がしておったんじゃないでしょうか」
証人=「そこまで記憶ないんですが」
松本弁護人=「証人はその時うどんを食べられたんですか」
証人=「ええ、そうだと思います」
松本弁護人=「天ぷらは食べられましたか」
証人=「さあ、そこまでは記憶ありません」
松本弁護人=「何か証人のご証言では、登美恵さんが天ぷらを揚げておったと、あなたが家にお帰りになった時にはそういうご証言もあるけれども、うどんのほかに天ぷらも食べられたかと思ったものですから、いかがでしょうか」
証人=「さあ、はっきりした記憶はありません」
松本弁護人=「証人としては約そこに十分ほどお座りになっておったんですか」
証人=「ええ」
松本弁護人=「門口に、その辺に人の気配は感じたことはありましたか」
証人=「記憶ありません」
松本弁護人=「記憶がないというよりは、私のお尋ねしているのは記憶があるかないかじゃなくて、どうしてもやむを得なければ記憶がないということになりますが、これまで一貫してあなたはそういうことを述べておられないのでお尋ねするんですが、人の気配は感じておられなかったんじゃないんでしょうか。その当時のことをお考えになって、ご証言を頂きたいんですが」
証人=「・・・・・・・・・」
松本弁護人=「足音がするとか、雨のかかる音がするとか、五月頃ですから、人影が門口に、微かな影が映るとかすると思うんですが、そういうことはありませんでしたか」
証人=「登美恵の事件のあと、家を建て替えたりしたので、そういった感じを受ける状態か、感じを受けない状態かもあんまり記憶ありません」
松本弁護人=「まあ、そうこうしているうちに手紙などが差し入れられておることに気が付かれたようですが、それは前回ご証言があるように、最終的には証人が開いてご覧になったんでしたね」
証人=「はい、私が見ました」
松本弁護人=「それは他の方には回し読みはしなかったということでしたか、お父さんの栄作さんとか」
証人=「・・・・・・・・・」
松本弁護人=「回し読みはしなかったんですか」
証人=「あの時・・・・・・・・・記憶ないんですが」
松本弁護人=「何かあなたのご証言を聞いておると、非常にこの、脅迫状を発見してから警察に届けようということで家を出られるまでが短時間のようですが」
証人=「ええ、本当に短時間でした」
松本弁護人=「証人はお読みになったんですか」
証人=「ええ、ある程度、完全に自分で記憶する程度には読まなかったんですが、意味だけは」
松本弁護人=「一応最後まで読まないと意味が分からんようにも思うんですが」
証人=「はい」
松本弁護人=「お父さんはお読みになったんですか。あるいは、あなたが読んでおられる横から盗み見されたということでしょうか」
証人=「さあ・・・・・・・・・どういう状態だったか記憶ありません」
松本弁護人=「それで私ちょっと疑問に思うんですが、犯人が、その短時間の間に脅迫状を差入れたのであれば、直ぐに家を調べればひょっとしたらまだその辺りにおらんとも限らんですね。そういうことをしようという気持ちは起こらなかったですか」
証人=「そいつは、手紙を読んで見てからほんのちょっとの間に弟の喜代治が外に出ました。それで、猫が東の隅のところにいたということだけは知っております」
松本弁護人=「どこの東の隅ですか」
証人=「家の」
松本弁護人=「屋敷の」
証人=「建物の」
松本弁護人=「喜代治さんは道路まで出られて誰かいるかどうかということをご覧になったんでしょうか」
証人=「いや、そこまでは・・・・・・はっきりも聞いておりませんが・・・・・・。ただ、軒下へ出たということだけは・・・・・・」
松本弁護人=「それでその文章は警察に知らせるなという意味のことが書いてありましたね。警察に知らしたら子供は殺すという内容が書いてありましたね」
証人=「はい」
松本弁護人=「ところが、あなたの今のご証言では、非常に、直ぐに家を出たということなんですが、そうすると、その非常に短時間の間に脅迫状が差込まれてあったわけですから、あなた方が直ぐばたばたされるということは、場合によったらその辺に潜んでいる犯人にわかってしまう可能性もありますね」
証人=「・・・・・・それは・・・・・・」
松本弁護人=「この前も繰り返し聞かれておる点ですけれども、ちょっとその辺りが分からんのですが、普通はもう少し、せめて十分や二十分とどまって、いろいろ話をしたり相談をしたりすると思うんですが、直ぐ車を走らせると犯人がその辺におって見つかるかも知れないということは思いませんでしたか」
証人=「それはありました」
松本弁護人=「それでどうして直ぐ出たんですか」
証人=「家ではどうしようもないんじゃないかということでした」
松本弁護人=「知らせるにしても三、四十分とか、一時間とか、もう賊がおらんという時間を見計らって連絡に行くことが普通だと思いますけれども、直ぐに飛び出して行くということは何故そうなったか分からんので」
証人=「直ぐにと言っても、父が支度したりなんかして、結構時間はあったと思います」
(続く)