『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
【公判調書3294丁〜】(昭和四十七年六月十五日)
「第六十一回公判調書(供述)」
証人=中田直人(四十一歳・弁護士)
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橋本弁護人=「再逮捕の被疑事実についてはいつ知りましたか」
証人=「知ったのは、十八日の朝、石川くんとの接見を終わってからのちです」
橋本弁護人=「しかし正確な知識は持たなかったにしろ、予測は出来ていたわけですか」
証人=「はい、善枝さん殺しが含まれていることは明らかだろうと思っていました」
橋本弁護人=「川越署分室で接見を拒否されたのち、当日その後、どのような行動を取ったかお話し下さい」
証人=「まず、浦和地裁の川越支部へ参りました。と言いますのは責任者の名前も全然明らかでない、ただ会わすわけにいかんということだったわけですから、接見が拒否されたものと考え、裁判所に準抗告の手続きを取るためでした。で、川越支部へ行ったのが、たぶん退庁時、五時前後ではなかったかという記憶です。ところが裁判官がいるとかいないとかいう話で、これでは話にならんと思いまして、石田さんと二人ですぐ本庁へ行きました。その前に準抗告の書面を作らなければいけませんから、その書面は私の記憶では、ちょっとはっきりしませんが、川越署の分室の近くのうどん屋か何かで、その場で認(したた)めたんだと思いますね、このことは、はっきり致しません」
橋本弁護人=「で、本庁に赴いてそこで準抗告の申立てをしたということですか」
証人=「そうです」
橋本弁護人=「そうすると、夜間申請したということですか」
証人=「もう夕刻過ぎていたと思いました」
橋本弁護人=「退庁したのちの裁判官に面接して準抗告を得たのですか」
証人=「いえ、まず受付へ出したんです。そして裁判官に早く出したいと言っておいたんですが、これが中々はかどりませんでした。裁判官がいるのかいないのかと聞いてもよく分からないものですから、これではいかんと思いまして結局、裁判官がいないのだということになったんだと思いますが、私はともかく地裁の所長官舎を訪ねました。そして石田さんと二人で所長に会いまして、事が人権に関する問題であるのに、裁判官が登庁してるしてないというようなことで手続きが制限されるのは、誠に許されないことであるということを言いました。所長はどこかへ電話をかけて、裁判官を登庁させたからということで、それで再び、浦和地裁へ戻りました。ですから、その時間にもうすでにかなり夜遅くなっていたという記憶です」
橋本弁護人=「結局、準抗告の決定を得て翌六月十八日に、再逮捕後初めての接見をしたんですね」
証人=「そうです」
橋本弁護人=「接見時間はどのくらいですか」
証人=「二十分でした。準抗告の決定書にあるところに従って二十分でした」
橋本弁護人=「接見した場所は、川越分室ですね」
証人=「そうです」
橋本弁護人=「接見をした人は、証人と石田弁護人の二名ですか」
証人=「そうです」
橋本弁護人=「その接見の際の被告人の態度はどんな具合でしたか」
証人=「やはり非常に打ち沈んだ様子でした。先ほどもちょっと言いましたが、初めの段階の接見の時には、石川くんはよく涙を流したり、ぽつりぽつりという話し方だったんですが、終わりのほうになると、かなり打ち解けて話をすることもあったのです。ところが十八日の朝は、私どもとすれば、まず何をおいても今の事態がどういうことであるかということを説明したわけですけれども、問いかけることや何かについても石川くんは非常に言葉少なの返事しかしませんでしたし、まあ大きなショックを受けていたと私は見ました」
橋本弁護人=「六月十八日は勾留理由開示が裁判所によって決められておった日ですね」
証人=「はい」
橋本弁護人=「石川くんもこの日が裁判所に出頭する予定の日であったということは認識しておったのですね」
証人=「と思います」
橋本弁護人=「その点について、何か話が出ましたか」
証人=「私は、今の再逮捕が、今度は善枝さん殺しばっかりで調べられることになるし、それによって前に請求していた裁判所へ行くという手続きがなくなったことも当然説明しました。その時には保釈になって直ちに再逮捕ですから、石川くんはぽつりぽつりとその時の模様を話していました。何か風呂敷を持って出て行けというようなことを言ったとかですね、そして房を出た途端にまた捕まえられたという話を、ぽつんぽつんとしていましたけれども、ですから、保釈と再逮捕との関係の問題、そして、今の再逮捕がどういう理由でなされ手続きとして何日間くらい続くのかという説明をむしろしたんだと思います」
橋本弁護人=「その接見の際、石川くんのほうから弁護人に対して、注文みたいなのが出されましたか」
証人=「いえ、特に出されません。注文といった形では出されなかったと思います」
橋本弁護人=「狭山警察に留置されている時期に何か注文が出されたことがありますか、こうしてほしいとかいうようなことです」
証人=「一番よく覚えているのは、お父さんお母さんがどうしてるかということと、お父さんお母さんに元気でいるからと伝えてくれというようなことが多かったと思いますね。それからむしろ差入れはあまりいらないと、せんべいだけは食べたいというようなことを言っていたと思います。これは十八日のことではございませんよ」
橋本弁護人=「狭山時代には、そういうことがあったわけですね」
証人=「はい」
橋本弁護人=「十八日には特段、そういうことはございませんか」
証人=「ええ、むしろ再逮捕になった十七日の夜にかけての取調べの模様を、私どもとしては重点を置いて聞いたと思います」
橋本弁護人=「どういう模様を説明しましたか」
証人=「九時四十分頃から十時頃まで猛烈に調べられた、まあ、それも石川くんは、その時は、ぽつんぽつんという言い方なんですがそして、今度は善枝さん殺しで調べるんだと、お前は、どんなに言わなくてもだめだ、証拠は全部揃っている、それから、弁護士にいくら頼んでもだめなんだと、いうようなことを言っていると聞きました」
(続く)
「正月は一緒に、と信じていたのですがねえ」と語る石川一雄被告の両親。写真は"無実の獄25年・狭山事件写真集=部落解放同盟中央本部中央狭山闘争本部・編、解放出版社"より引用。