アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 1043

『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』

写真は事件当時の狭山市内。

【公判調書3259丁〜】

                  「第六十回公判調書(供述)」(昭和四十七年)

証人=山下初雄(三十四歳・農業) 

                                            *

樺島弁護人=「それから、葬式の通知はうけなかったんですか、裁判所からあなたに証人尋問の通知が行ったように、もっと別の方法かも知れないが」

証人=「裁判所のことは幾日か前だから覚えていますが」

樺島弁護人=「来たかどうか覚えてて然るべきだと思うが、今からでも、前言われたことを撤回してもいいから、覚えていることは全部言ったほうがいいですよ」

証人=「分からないですよ、ばかだから忘れちゃう」

樺島弁護人=「じゃ、葬式があったか、なかったかも忘れたと聞いていいんですね、確定的に」

証人=「葬式は、あったと思いますよ」

樺島弁護人=「葬式、あったんですか、はっきり言ったのは、今初めてだ。葬式があったかないか、一時間近くもやり合ってるんですよ、能率よくやって下さい。松本先生が、葬式があったかどうかについて、随分さっき尋問したんだ。あなたは一貫して、そのことについてはっきりさせなかった。そういう証言態度はやめてもらいたいと思います。葬式は、あったんですね、じゃあ」

証人=「あったと思います」

樺島弁護人=「あったんですね」

                                            *

裁判長=「あったと思う、というんです」

樺島弁護人=「記憶してるんですね」

裁判長=「記憶してるとも言ってない、あなたがさっき、常識上、誰だって死ねば葬式があるという条件を前提として挙句の果ての証言だから、これは常識から責められて、人が死ねば葬式があるんだということから、ないのはおかしいと、そこであったと思うというのが出てくる可能性がある、その点は、裁判所の判断です」

樺島弁護人=「それは、裁判所の独断です。この証人は、葬式があった事実を記憶してる旨を証言したと解釈します」

裁判長=「あなたは、そう解釈なさって下さい」

樺島弁護人=「それを今、そう判断されるのは、おかしいじゃないですか」

裁判長=「だから、可能性があると言ってるんで、裁判所が終局的にそういう判断をするとは言ってません」

樺島弁護人=「だから、今そう仰る必要はないと思います。じゃあ、葬式があったと思うんですね、あなたは」

証人=「(うなずく)」

樺島弁護人=「じゃ、もう一遍聞きますが、葬式があったと思いますということは、その葬式があったということを、あなたは知っているのかと」

証人=「・・・・・・・・・」

樺島弁護人=「それから、お通夜があったでしょう、やっぱり・・・・」

証人=「・・・・・・・・・」

樺島弁護人=「それから自殺があって・・・」

                                            *

裁判長=「ちょっと、質問を飛ばすと・・・・・・」

                                           *

樺島弁護人=「質問を変えまして、あなたの嫁に行った妹さんが迎えにきて、中田家に行ったのは何時頃ですか」

証人=「連絡は昼前だったと思います」

樺島弁護人=「で、何時頃、中田家へ行きましたか」

証人=「昼前だったことは覚えていますけれども」

樺島弁護人=「呼びに来たのは昼前と聞きましたよ。行ったのは何時頃ですか」

証人=「それも昼前だったと思います」

樺島弁護人=「そして帰ってきたのは、何時頃ですか」

証人=「よく記憶にないんですけれども、三時頃だと思います」

樺島弁護人=「ほぼ、二、三時間で帰って来たんですね」

証人=「はい」

樺島弁護人=「その晩、お通夜があるから来てくれとか、そんなことは言われなかったですか」

証人=「記憶にないんです、分かんないです」

樺島弁護人=「じゃ、その日、あなたは三時頃帰って来て、それからあと何したんですか、また野良仕事に出かけましたか」

証人=「申し訳ないけれども分かんないんです、本当に。整理しなきゃ分かんないです」

樺島弁護人=「整理すりゃ分かりますか」

証人=「分かんないですね」

樺島弁護人=「整理しなきゃ分かんないと言ったでしょう、整理すれば分かるんじゃないですか」

証人=「忘れちゃうほうで、申し訳ないです。分かんないです」

樺島弁護人=「お通夜があったか、なかったかについては記憶がないんですね、あるいはあるんですか」

証人=「・・・・・・・・・・・・」

樺島弁護人=「そんなこと、考えることじゃないですが」

証人=「分かんないです」

樺島弁護人=「分かんないなら、分かんないと言って下さい、記憶がないんですか」

証人=「記憶がないんです」

樺島弁護人=「じゃ、検察官が先ほど尋問されたことは全部、前提として砂上の楼閣になりましたね、あなたは、はいはいと仰ったけれども」

証人=「何がですか」

樺島弁護人=「たとえば、お葬式があったという風なことを前提にして、中田家とお宅とは、人間関係として、あまりよくなかった、お宅としても、あまりよく思っていなかったのではないかという風な尋問をされたけれども、あなた、それに対して、はいとかいいえとか言ってましたが、あれはどういうことですか、あれは、葬式があったことを前提にしての・・・」

                                            *

裁判長=「ちょっと、そういう風に結び付きますか。葬式があっての前提の検察官の問いという風に結び付きますか」

樺島弁護人=「そういう風にしか考えられないです」

裁判長=「ちょっと、それは離して問われたほうがいいんじゃないですか。最前問われているから重複になりますが、結び付き方が極端だ」

                                            *

山上弁護人=「ちょっと一点、あなたがはっきりしない為に尋ねられてるが、あなたの立場から考えて、登美恵さんの葬式に出席しにくいというか、登美恵さんの家のほうから出席しなさいとも言って来ないし、出席しにくい事情がそこにあったので、それはここではちょっと言いにくいんだという気持ちがあるんじゃないのか、本当のところは」

証人=「そんなことありません」

                                            *

松本弁護人=「あなたは、戸籍上は登美恵さんの配偶者になっておられたわけですが、登美恵さんに対して、あなた方が結婚するについて、中田家の財産の一部を分けようとか、あるいはまた、一部登美恵さんの名義にしておいてやろうとか、そういう話がありましたか」

証人=「誰にですか」

松本弁護人=「中田家の登美恵さんと、あなたが結婚するわけですね、しかも籍は、すでに戸籍的には入れておったというんですね」

証人=「はい」

松本弁護人=「法律的には、形式的にみれば夫婦になってるわけですね」

証人=「はい」

松本弁護人=「すると、登美恵さんが亡くなるということは、法律上の相続をあなたがすることになるんですが、全部ではない、半分についてはね。そういう関係があるからお尋ねするんですけれども、つまり登美恵さんが、あなたと結婚するについて、何か、お父さんから財産を貰うとか、いう話を聞いたことはありますか」

証人=「中田さんのお父さんからですか」

松本弁護人=「登美恵さんからです」

証人=「全然そういう話はありません」

松本弁護人=「たとえば登美恵さん名義の物件などは別になかったんですか、登美恵さんの名義の田畑、山林土地とか」

証人=「さあ、私、知りませんね」

                                                                  (以上  佐藤治子)

                                            *

        昭和四十七年五月二日   東京高等裁判所第四刑事部

                                   裁判所速記官  重信義子・佐藤治子

                                            *

○今回をもってこの証人に対する尋問は終了するが、婚約者が自殺したにも関わらず、そこに全く関心を示さぬ証人の心情は謎のまま尋問は終えている。仮に、この証人がすべての問いに対し明確な返答を返したとしても、この裁判にとっては、その結果を左右するほどの重みは持たない。が、婚約者である登美恵さんの自殺に関連する尋問に対し、見方を変えれば、口を閉ざしたとも言える証人の証言は、事件直後に自殺した奥富玄二氏の行動と同等の疑義を残すこととなる。