『原文を読みやすくするために、句読点をつけたり、漢字にルビをふったり、中見出しを入れたり、漢字を仮名書きにしたり、行をかえたり、該当する図面や写真を添付した箇所があるが、中身は正確である』
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この隙間に封筒が差込まれていたと説明する父栄作さん。写真は"狭山事件・亀井トム著 辺境社"より転載。
同じく、ガラス戸に差込まれていた脅迫状の位置を指し示す被害者の姉=登美恵さん。
このガラス戸に使用されている硝子がどれほどの透明度であるか、私には分からないが、屋内では家人たちが、今まさにこのガラス戸の向こうで食事につこうかという状況の中、脅迫状をここに差込むという行為は、その姿がガラス越しに目撃されかねず、犯人にとって最大の危険極まりない行動であったと推測する。
【公判調書3192丁〜】
「第六十回公判調書(供述)」(昭和四十七年)
証人=中田健治(三十四歳・農業)
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山上弁護人=「初めて、時計を見たというのが出て来るんですけれども、同じ供述調書の七項に『ガラス戸とガラス戸の間に封筒が差込まれており、善枝がさらわれ、お金を持ってこいという脅迫文であり、そのとき時計を見ますと、午後七時四十分頃であります』とありますが、いかにもこの時だけ時計を見たようになっているので、脅迫状を見てすぐ時計を見たんですか」
証人=「さあそこまでどうも今、記憶ありませんが」
山上弁護人=「今までのご説明ですと、入曾駅でも、家を出る時も見たかどうか、自分も持っておったかどうかわからんというご記憶の方が、脅迫状を見つけた時に時計を見たということになっておりますが、腕時計のはめておるのを見たのか、家のを見たのか、七時四十分となってますから」
証人=「家の掛時計ですね・・・・・、だろうと思います、時計を見たとすると・・・・・・」
山上弁護人=「(原審記録第一冊昭和三十八年九月二十三日施工の検証調書添付写真一六〇丁〈1〉を示す)これは当時のお宅でございますね」
証人=「ええ」
山上弁護人=「(同じく一六五丁の図面を示す)見取図〈1〉中田栄作方とありますね」
証人=「はい」
山上弁護人=「中田栄作方というすぐ下の、丸で囲んである中にあるのは、食事された時に坐った木製長椅子、縁台そして板の間と」
証人=「はい」
山上弁護人=「図面で言うと左向きに食べていたようになりますか」
証人=「ほとんど板の間で、食事はこの長椅子で食事をしておりました」
山上弁護人=「今示した図面であなたが仰った時計を見たというのは、方向はどの方向ですか」
証人=「南西ですか、その方向にあるんです」
山上弁護人=「その図面の"ノ"と書いてあるところに脅迫状があったんですか」
証人=「そうです」
山上弁護人=「ちょっと遡りますけれども、あなたが自動車で迎えに行ってお帰りになった時、あなたのお入りになる車の先頭部のヘッドライトは北側を向くようになるんですね、母屋の正面に向くようになるんですね」
証人=「はい」
山上弁護人=「そしてバックなさって納屋に収めたんですか」
証人=「そうです」
山上弁護人=「バックして納屋に収めて、そこでライトを消されたんですか」
証人=「はい」
山上弁護人=「そうするとお庭にお入りになってバックし続ける間ヘッドライトは点けてあったんですね」
証人=「はい、点けてあったと思います」
山上弁護人=「あなたがお家にお入りになる時に、その戸は開いておったんですか。お入りになったその戸は開いておったか、閉まっておったか、ですが」
証人=「はっきり記憶ありません。ガラス戸は、大戸は閉まってなかったですね。ガラス戸の中に大きい戸があったと思いますが、それは閉まっていなかったと思います」
山上弁護人=「脅迫状を挟んであったガラス戸というのはあなたがそこを通った、お入りになった戸ですか」
証人=「そうです」
山上弁護人=「原審の先ほど示しました一六五丁の図面であなたが食事をなさっておられる姿勢、これはどっち向きですか」
証人=「南西です」
山上弁護人=「そうすると板の間という風に書いてある方を向く」
証人=「はい」
山上弁護人=「その食事をなさる時には登美恵さん、お父さん、喜代治さん、武志さんみんなお揃いだったんですか」
証人=「ええ、揃って食事していたと思います」
山上弁護人=「あなただけ何か、下の段といいますか、土間といいますか、そこで食事をされたんですか、そう仰っているようですが」
証人=「ええ、自分は下で食べました」
山上弁護人=「これはいつもそういうしきたりなんですか、ご長男が下で食べるということはあんまりないと思いますが」
証人=「夕飯が済むまで誰も風呂には入らなかったように思いますから」
山上弁護人=「お風呂と関係なしに、夕食をなさる時に、あなたが下にある長椅子に坐って食事なさるわけじゃないんでしょう、いつもは長男としての貫禄で、上で堂々と食事をなさるわけでしょう」
証人=「いいえ、そういうことはありません」
山上弁護人=「この日だけのことじゃない」
証人=「そうです」
山上弁護人=「栄作さん、喜代治さん、登美恵さんたちも食事の場にいらっしゃいましたか」
証人=「いたと思います」
山上弁護人=「誰の場所から一番よく見えたんですか、脅迫状があることは」
証人=「私の席ですね」
山上弁護人=「あなたは"ソ"に坐って南西を向いていたんですね」
証人=「"ソ"じゃないんです、この長椅子です」
山上弁護人=「長椅子のこの図面に向かって左ですか、右ですか。東か西かです」
証人=「一番南の端です。板の間にお茶碗を置いて」
山上弁護人=「お膳を板の間に置いたのはこの図面で言えばどの辺ですか」
証人=「ほぼこの真ん中辺」
山上弁護人=「ほぼ中央ですかねぇ。そしてあなたは木製長椅子と書いてあるところの東南側ですか」
証人=「ええ、そこに掛けるんです」
山上弁護人=「そしてあなたが顔を向ける方向は」
証人=「南西です」
山上弁護人=「当時中田栄作さんはどこにお坐りになっていらっしゃいましたか」
証人=「今では記憶ないんですが、恐らく自分の脇、北側だと思います」
山上弁護人=「登美恵さんは」
証人=「登美恵が板の間の上のほうじゃなかったでしょうか。それで喜代治がここだと思います」
山上弁護人=「登美恵さんは板の間と印してあるところの西角のちょっと南寄りで、喜代治さんは」
証人=「その南側です」
山上弁護人=「登美恵さん喜代治さんは北南に並んでおったんですか」
証人=「そうです」
山上弁護人=「あなたとお父さんが長椅子にやはり南と北に並んでおった」
証人=「はい、武志がこの間にいたか・・・・・・」
山上弁護人=「そして武志さんが喜代治さんと登美恵さんの間にいたように思う」
証人=「はい、はっきりは記憶ありませんが、そう思います」
山上弁護人=「あなたの席からは、脅迫状には一番距離が近いわけですね」
証人=「はい、そうです」
(続く)
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ガラス戸に封筒が差込まれていた状態(再現)を屋内より撮影したもの。写真は"無実の獄25年・狭山事件写真集=部落解放同盟中央本部中央狭山闘争本部・編、解放出版社"より引用。