【公判調書3152丁〜】
「第五十九回公判調書(供述)」(昭和四十七年四月)
証人=上野正吉(六十四歳・東邦大学医学部教授)
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城口弁護人=「ちょっと、質問の前提にこの鑑定の方法等について、二、三お聞きしたいと思います。この鑑定の方法を簡単に申し述べてもらいたいと思いますが、どういう点に特に注意をして行なったか」
証人=「それは、みんな書いてあります」
城口弁護人=「それでは、模型による実験というところについてお聞きします。第二章甲の第一節、筆圧痕上に、これと交差して鉛筆書きした場合ということなんですが、この場合に、『とび越え現象』という現象をご説明なさっているわけですが、これと、筆圧と筆速、スピードですね、との関係については、どのような点にご留意してこれが出されたか、その点についてお伺いします」
証人=「圧力は、筆圧痕の圧力のことですか」
城口弁護人=「はい、そうです」
証人=「筆圧痕の圧力は、もちろん圧力が大きいほうが溝が深くなりますから、後で、とび越え現象が起こり易いということですね。それから速さというのは鉛筆のことですか」
城口弁護人=「圧力について鉛筆で述べていただきたい」
証人=「それは、圧力はあまり関係しないと思います。上を軽く圧力を加えてなするようなものでも、あるいはその場合には、かえってと言ったほうがいいと思いますが、とび越え現象は、はっきり現われます。それから速さは鉛筆の質によります。たとえばボールペンなどによる場合は、ゆっくり書くと、とび越え現象は起こりにくくなります。速く走らせるようになると、とび越え現象が明瞭に出ます」
城口弁護人=「鉛筆の場合、とび越え現象が起きない場合というのは」
証人=「それはないです」
城口弁護人=「ボールペンの場合には起き易いということでしたが」
証人=「いや反対でしょう、ボールペンの場合には、速く書いた場合には出易いけれども、ゆっくり書くと滲んでしまって見にくくなります」
城口弁護人=「見にくくなるということは、とび越え現象が見えにくいんですか」
証人=「ええ、見えにくくなります」
城口弁護人=「同じ章の第三節、鉛筆跡上に、これと交差する筆圧痕を直接紙面上に作った場合というところにご指摘のある『もち運び現象』については、圧力と筆圧の点はどのようにお考えでしょうか」
証人=「圧力は、もちろん強いほうがもち運び現象が明瞭に現われます」
城口弁護人=「スピードの点では、いかがでしょうか」
証人=「スピードの点は、これは、もちろん速いほうが、あるスピード以上ないと、これは出来にくいと思います」
城口弁護人=「この鑑定をなさった鑑定方法ですが、これは、方法として、極めて一般的なものとして考えられているものですか、それとも何か、これは証人の考えた方法ということになるんですか」
証人=「私は職業柄、顕微鏡を見たり、あるいは実体顕微鏡を見たり取扱ったりする場合が非常に多いわけです。で、実体顕微鏡というのは落射光線で、物の正面を見るんですが、同時に双眼になってますから、目玉が二つ、立体的になっているわけです。最初に底のほうに目を合わせて、段々上のほうに静かに、いろんな高さで見られるわけですね。写真は、ところが或る平面しか撮れないわけです。その点で、この、写真で写しきれない写真も随分あるんで、その点は非常に遺憾なんですが、先ほども申し上げた通り顕微鏡は実体顕微鏡を扱っておりますので、鑑定事項にあるような、どちらが先かというような問題も実際に書いてみて顕微鏡で見たり実体顕微鏡で見たりしてる間に、或る規則性があるということを発見したわけです。その中で、特にこの二つの現象が伴うということが出てきたわけです。そこで、こういうことで鑑定を進めてみようということになったので、これは今まで、こういう検査方法があるという風なことを書いた本を見たことがありませんで、私が今度初めてじゃないかと思います」
城口弁護人=「証人が、この筆圧痕及び鉛筆跡の、書かれた線の後先の鑑定をしたというのもまた文献もないと、あなたが初めてかも知れないという程度の、非常に珍しい鑑定だということになりますか」
証人=「そう思います、それだけに、最初のところで直ちに、証拠品についての検査の記載はせずに実験方法、検査方法というところで詳しく説明をしてあるわけで、初めてであるからこそ、そういう説明を加えたわけです」
城口弁護人=「そして、同章の第五節総括において、一定の規則性があると断定して整理しておりますね」
証人=「はい」
城口弁護人=「ここで、とび越え現象、ないしはもち運び現象がないか、不明の時は、その筆圧痕と鉛筆跡とが先後が不明であるという風な形なわけですね」
証人=「そうです。こういうものは存在は証拠になるけれども、不存在は証拠にならないという一般原則に、これは従うものなんです」
城口弁護人=「この先後を決定するための方法ですが、今のは実体顕微鏡ですか、目による検査のようですが、ほかに何か適当な方法によってこれを決定する方法は考えられないわけですか」
証人=「考えられないこともないんです」
城口弁護人=「どんなものが」
証人=「たとえば化学的な方法ですね、その成分を証明するという方法ですね。できれば証拠品を破壊せずにその化学物質が証明出来るような方法があれば一番いいんです。それはないこともないと思います。たとえば赤外顕微鏡というのがありまして、赤外光線を透視して、吸収線を見るんです。その方法が一つの唯一な方法かと思います。但しその部分を取り出して、普通の化学的な反応で見るということは、これは出来ないこともないです。古典的な方法で、出来ないこともないが、これは物をまず壊さなくちゃならないし、また、この中にいろいろ書いてある通り、その間にセロハン紙でも載せて書いたというような場合には、存在物がなきゃいいですけど、カーボンの色素が付いておったりすると、その為に全然検査が何の価値もなくなります。まあ赤外顕微鏡を使う場合にも同じことが欠陥として付きまとうんですけれども、物を壊さないだけにまだいいかも知れませんが、紙を通してそういう物体を見ることが果たして可能かどうか、これは実験もやらなくちゃならないんですが、難しいんじゃないかと私は考えました」
城口弁護人=「本件については、特にそういう方法までは取らなかったということになりますか」
証人=「取るとなると、二年三年の鑑定じゃ出来ませんね」
城口弁護人=「それが行なわれれば、より正確な結論というのが出るのですか」
証人=「より正確であるかどうか、まずこういう鉛筆を使った、こういう色鉛筆を使った、ということでも出ておって、それとの異同ならばあるいは出来る可能性もあるかも知れませんが、ちょっと私自身としては非常にこれは難しいだろうという感じが致します」
城口弁護人=「では、鑑定書第二節、記録二〇四九丁の図面についてお伺いします。表図では、道路等の表示が一本線で書かれていますね、裏図についてはいかがですか」
証人=「二本のところと一本のところがございますね」
城口弁護人=「証人の結論では、本図面下に両面カーボン紙を挟んで鉛筆で書いて、それから、骨筆あるいは、黒色ボールペンでさらに書いたという考え方が出ているようですが、こういう二本線が、ほぼ平行して出来ているようですが、これは、どういうことになるんでしょうか、たとえば骨筆を使った時に、このような図が出来るでしょうか」
証人=「この表面のほうには筆圧痕があるんです、それで二本線になってるわけです。一本は、表面の鉛筆の跡が殆どそのまま出てる、あと一本は筆圧痕があるので、それが出ております。それを合わせますと、最初に鉛筆で書いて、それから、骨筆であるかボールペンの古いのか分かりません、これは多分ボールペンの古いのと書いてあると思いますが、骨筆であとでなぞったと、こういう可能性が素直に出てくるわけです」
(続く)
上は問題の図面二〇四九丁の裏面。
こちらの二枚はその拡大写真。
素人目にも、③④印などを見ると二本線は認められ、これほど綺麗な線表記は、あたかも文具職人により製作された二重線専用筆記用具で書かれたのではと感心するばかりである。