アル中の脳内日記

アル中親父による一人雑談ブログ

狭山の黒い闇に触れる 996

第五十八回公判調書(手続)の後半に目を通すと、証拠関係目録と記された表には多数の証人(四十二名)の名が載っている。この数の多さは尋常ではなく、果たして証人全員への尋問は可能なのであろうか、まずは公判調書(供述)を見ていこうと思う。

【公判調書3126丁〜】

        「第五十八回公判調書(供述)」(昭和四十七年二月)

証人=高村 巌(六十一歳・文書鑑定業)

                                            *

裁判長=「あなたは前に鑑定を命ぜられる時に簡単な質問を受けてますが、四十一年五月の時ですか」

証人=「はい」

裁判長=「その時は裁判長から『鑑定人の経歴を、概要を述べて下さい』という問いがあって述べておられますが、そこに『私は昭和四年から警視庁鑑識課に勤務し、その後、国警本部科学捜査研究所が出来たのでそちらにかわり、同研究所に新設された文書鑑定課の課長となり、同三十三年三月三日まで勤務して退職しその後、間もなく独立して文書鑑定科学研究所を創立し現在に至っています』 と、これはこの通りですか」

証人=「その通りです」

裁判長=「『警視庁鑑識課に勤務する以前は何をされていたのか』と、『昭和四年以前は大学に行っておりました』、という答えになってますが」

証人=「いいえ違います。何かの間違いじゃないでしょうか」

裁判長=「それでは鑑識課に勤務する前は何をされていましたか」

証人=「体が弱くて中学を中退して独学で勉強しておりまして、大学を出ましたのは昭和十七年でございます」

裁判長=「『大学はいつどこの大学を出られたのか』という問いに対して、『最初、早稲田大学の文学部に入学しましたが中退し、その後、同大学の法学部に入り昭和十七年に卒業しました』となっていますね」

証人=「文学部には入ってません、そういうことは言った覚えありませんが」

裁判長=「そうすると早稲田大学に関係はあったんですね」

証人=「早稲田大学法律専門部を出ております、専門学校です」

裁判長=「法律専門部というのがあるんですか」

証人=「法律科の専門部というのがありました。法科ですね。そこを十七年に出ております」

裁判長=「法科の中の何ですか」

証人=「法律科です」

裁判長=「法律科に終始いた」

証人=「はい」

裁判長=「文学部を中退し、というのはないんですね」

証人=「はい」

裁判長=「『文書鑑定科学研究所を創立してからは主にどういう鑑定をされたか』という問いに対して、『筆跡、印影、文書の年代の識別、墨の炭素の変化していく状態、インクの経過年数等の鑑定をしております』、これはよろしいですね」

証人=「はい」

裁判長=「『文書鑑定科学研究所には他に所員がいるのか』『二名おります』と」

証人=「ただ今は、おりません」

裁判長=「四十一年当時の問いですが、『現在は主としてどの方面の仕事をしているのか』『主として民事事件関係の文書の鑑定をやっております』と、これはのちに変化がありましたか」

証人=「大体、民事事件関係をやっております」

裁判長=「あなたはかつて証人として出てもらいたいがということに対して、非常に病気がちで病体で法廷は長い質問に耐え得ない状態であるから仮に法廷に出ても一度には十五分か二十分くらいしか答えられないという時代がありましたね。現在はどうですか」

証人=「ただ今は非常に三叉神経が悪くて、耳鳴りがしたりしまして、自分でも鑑定を引受けるのに非常に困難をしているような状態で、所員もそれで、今、いなくなりまして、あんまり引受けるということが困難なような状態です」

裁判長=「病名は」

証人=「三叉神経痛です」

裁判長=「今治療を受けておられる」

証人=「ええ、時々」

裁判長=「家で横になって伏せっていなければならないという状態では」

証人=「というほどのことはありませんが、安静にして、変動の激しいことは・・・・・・」

裁判長=「病状は」

証人=「耳鳴りがしたり、頭が非常に痛くなり、目を使い過ぎた関係だと思いますが、特に左の目が、白内障でよくありません」

裁判長=「本件の四十一年八月に出された鑑定これはご記憶ありますでしょう」

証人=「はい、ございます」

裁判長=「これ副本は持参されましたか」

証人=「はい」

                                            *

橋本弁護人=「筆跡鑑定の教育を受けたことはありますか」

証人=「ございます」

橋本弁護人=「いつ頃ですか」

証人=「昭和四年から昭和七年頃にかけて教えを受けました」

橋本弁護人=「どこで」

証人=「警視庁鑑識課で金沢技師から」

橋本弁護人=「警視庁に入るとすぐに鑑識課の筆跡鑑定の勉強をしたと」

証人=「そうです。写真のカメラマンもやりましたが、筆跡鑑定の指導を受けたわけです」

橋本弁護人=「その後ずっと引続きその仕事を続けてきたということでよろしいんですか」

証人=「はい」

橋本弁護人=「あなたの先生である金沢さんという人はどういう経歴の人でしたか」

証人=「やはり、詳しくは存じませんが警視庁に長くおりまして、欧米でやはり筆跡の鑑定関係のことを勉強して参りまして、そして筆跡鑑定の研究をして裁判所関係のを鑑定しておりましたようです」

橋本弁護人=「あなたは、その金沢技師から教わったという教わり方はどういう風にしてですか」

証人=「それは実際に私の知らないところで字をいろいろの人に書かせて、あるいは本人が二通違ったような他人が書いたように書かせたものとか、又は他人がその人の字に似せて書かせたものだとかいうようなものをたくさん持って来まして、そして実地に鑑定をし、そして百通を、相当長期間かかりますけれども、最初は十通くらいですけれども、十通を全部鑑定が正確に出来るように指導を受けまして、そしてお終いにはそれがだんだん量が増えていきまして、百通なら百通のものが全部出来るようになる、そして初めてまあ一本立ちが出来るというようなことでございました」

橋本弁護人=「あなたがいわゆる一本立ちになられたのはいつ頃からですか」

証人=「それは昭和七年か八年頃からですが、裁判所からの鑑定人としてやり出したのは昭和十年からでございます」

橋本弁護人=「あなたが一本立ちになったのは誰が認めたわけですか。あなたの先生である金沢技師が認めたんですか」

証人=「そうですね」

橋本弁護人=「何か正規の資格みたいなものは必要ないんですか」

証人=「それはございません。ただ実際に全部が、百通出したものが百通全部間違いなく鑑定が出来るか出来ないか、私たちのやっているものは理論じゃなくて実際ですから、実際に間違わないで出来るか出来ないかによって決められるわけです」

橋本弁護人=「そうするとあなたは、昭和十年、ないし、八年頃からいわゆる一人前になられて、その後引き続いてこの仕事をなさって来たと伺ってよろしいわけですね」

証人=「はい」

橋本弁護人=「そうしますとあなたが裁判所に鑑定書を出すというような仕事を始めたのは昭和十年頃からすでにあるわけですね」

証人=「あります」

橋本弁護人=「いわゆる第二次大戦前にも裁判所に鑑定書を出しておると」

証人=「終戦前に何通か出しておるわけです。大分数を、私の著書の中に書いてある記録を調べて頂ければ裁判所にも残っておるはずです」

橋本弁護人=「あなたの著書と仰ったのは」

証人=「ここに持っておりますが、『筆跡及び文書鑑定法』というものです」

橋本弁護人=「立花書房発行のものですね」

証人=「はい」

橋本弁護人=「何年ですか」

証人=「昭和二十五年に出しております。その前にも昭和十九年にも出しておりますが」

橋本弁護人=「十九年に一度出して、二十五年に出して、二冊出したということですね」

証人=「そうでございます」

(続く)

                                            *

どうやら高村 巌という人物は、実は法曹界において知らぬ者はいないほどの超大物であることがのちに分かる。

                                            *

本文とは全く関係がないのだが、日頃、老生が危惧していた心配事が一気に消し飛んだ件を一つ。

見かけるたび寝ているこいつとか・・・、

ベストショットを演出してくれたこいつ・・・、

これまた起きている姿を見たことがないコイツ。

先日、このぐうたらな者共に餌を与える御婦人を確認出来た。どうやらこの野良猫たちを専属で見守ってくれているようである。毎日腹を減らし鳴いているのではとの老生の心配は、このフローレンス・ナイチンゲール的婦人により払拭されたのであった。