【公判調書3094丁〜】
「第五十七回公判調書(供述)」(昭和四十七年)
証人=諏訪部正司(四十八歳・浦和警察署刑事第一課長)
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福地弁護人=「それから、同じくあなたは一審でポリグラフについて弁護人から聞かれておりますね、憶えておりますか」
証人=「どうも、ちょっと記憶がないですね」
福地弁護人=「失礼、今の一審でなくて前回です。あなたは前回、裁判所で述べたことをね、ちょっと引用してみたいんですが、嘘発見器に被告人をかけた時期はいつ頃であったかという質問に対して、忘れましたということをあなた言っておるんですがね」
証人=「はい」
福地弁護人=「今でも憶えておりませんか」
証人=「かけたことは知っておりますが、いつかけたか記憶がないですね。狭山署にいた頃であるということは言えます」
福地弁護人=「五月頃か六月頃かという質問についても、あなたは記憶ありませんと答えておりますがね、今でもやはりそうですか」
証人=「そうですね、いつ頃か・・・・・・」
福地弁護人=「あなたは嘘発見器にかけるについて、かけてもいいという承諾書を被告人から取ったというようなことを前回言ってますね、間違いないですね」
証人=「それは取ったということですがね、その取ったというのは私自身が取ったか、ほかの人が取って、いわゆる承諾書を受け取ったと、承諾された書類があるという意味の私は証言だと思います」
福地弁護人=「いや、私が承諾書を取ったように記憶してますとありますが」
証人=「それは間違いですね」
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裁判長=「ちょっと待って下さい、調べてみましょう。十回と十一回ですね。こういう風になっているね、控訴審の九七九丁表の終りから『被告人を嘘発見器にかけたことがあるが知っておるか』『そういうことがあったと思います』『何度くらいあったか』『記憶ありません』『二回くらいではないか』『記憶ありません』『その時期は何時頃であったか』『忘れました』『五月か六月頃か』『記憶ありません』『それは誰の計らいであったのか』『分かりません』」
福地弁護人=「裁判長、その程度にして」
裁判長=「今のあなたの尋問のところがね、その通りのあれであったかということです」
福地弁護人=「そのあとの部分を読んで下さい」
裁判長=「どこですか」
福地弁護人=「『私が承諾書を取ったように記憶しております』というのがその直後にありますが」
裁判長=「これが九八〇丁の裏にある。『嘘発見器にかけてもいいという承諾書を証人が取ったというのか』『そうです』『それは何時か』『記憶ありません』『何回承諾書を取ったか』『一度のように記憶しています』『嘘発見器の結果を被告人に告げたことがあるか』『ありません』と、そういうようなのがある」
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証人=「前の時のほうの記憶が正しいと思いますが」
福地弁護人=「被告人が逮捕されたのは五月二十三日と、記録上そうなっておりますね。あなたはその逮捕に立ち会って、被告人を狭山署まで連れて行ったと、先ほど証言しましたね」
証人=「はい」
福地弁護人=「嘘発見器にかけたのは、逮捕して連行して行った五月二十三日ではないんですか」
証人=「・・・・・・・・・」
福地弁護人=「つまり、被告人を逮捕した直後に、当日に嘘発見器にかけたんじゃないですか」
証人=「当日にかけたんじゃないような記憶がありますね」
福地弁護人=「当日じゃないとするといつ頃ですか」
証人=「それはもう忘れましたね」
福地弁護人=「あなた、逮捕した当日にポリグラフに石川被告をかけたんじゃないですか」
証人=「いや、かけてないですね」
福地弁護人=「本当に間違いないですか」
証人=「そのはじめの、初日あたりは、これはかけてないです」
福地弁護人=「何日目くらいにかけたという記憶ですか」
証人=「それが思い出せばいいんですが、出せません」
福地弁護人=「しかし、狭山署にいる期間というのはかなり長いんですがね」
証人=「長いだけに特定が出来ないわけです」
福地弁護人=「長いだけに、その初めの方か、真ん中辺か、終りぐらいかの特定が出来るでしょう。長いだけに、長いのを一括して分からないというと、全然分からないじゃないですか」
証人=「そう具体的に聞いてもらえば分かるけど、いつかいつかというとね」
福地弁護人=「じゃ、今のような質問に答えて下さい。直後か、真ん中辺か、終り頃か」
証人=「十日前後ということになりましょうかね」
福地弁護人=「逮捕してから十日前後ということですか」
証人=「そうです」
福地弁護人=「逮捕したのが二十三日だから、十日前後というと、六月に入って、六月の二、三日という日にちになりますね」
証人=「その念を押した日付という意味にはとらないでもらいたいと思います」
福地弁護人=「あなたがいつ嘘発見器にかけたかについては、あなたが承諾書を取った日付で確定できますね。それはあなたが記憶がないと言うんだけれども」
証人=「ええ、それは言えます。それと嘘発見器という言葉は私の方では使っておりませんので」
福地弁護人=「じゃ、どういう風に使っておるんですか」
証人=「精神検流計と言うんですが」
福地弁護人=「まあ、精神検流計でもいいですがね、検察官にポリグラフ関係の、ポリグラフというのは精神検流計ですよ、ポリグラフ関係の書類を見せてもらったら、五月二十三日付のあなたが作成した承諾書があるようですがね」
証人=「・・・・・・・・・・・・」
福地弁護人=「当日あなたが承諾書取っているんじゃないですか、逮捕当日に」
証人=「どうも記憶がありませんね」
福地弁護人=「逮捕当日に、逮捕した直後にあなたはいわゆる狭山事件、強盗殺人事件に直接関連するような事項について嘘発見器にかけたんじゃないですか、被告人を」
証人=「・・・・・・・・・・・・」
福地弁護人=「思い出せませんか」
証人=「その日はかけてないように思ってますね」
福地弁護人=「その日に承諾書を取ったような記憶はないんですね」
証人=「その点は・・・・・・・・・」
(続く)
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○昨日のニュースによると福岡地裁は、三十二年前の「飯塚事件」の再審を認めない決定を下したとある。弁護団は福岡高裁に即時抗告する考えを示しているが、犯人とされた人物はすでに死刑が執行されているという状況から見て、検察と裁判所は結託し鉄壁の防御体制を築くのは目に見えており、再審への壁は高く厚過ぎると思われる。仮に再審が認められ、さらにその結果、被告人の無実が証明されたとした場合、検察庁はおろか法曹界、果ては法務省及び死刑執行書に署名した当時の法務大臣にまでその責任追及の手は伸び、その性質から見てこの情報は世界の果てまで配信されかねない重大な問題を孕んでいる。したがって、ことさら世間体を重んじるこれら組織としては再審の開始など断固として認めぬ事案となろう。
よほど真犯人が名乗り出ない限り、この件は長期化すると私は危惧する。